ほんの些細な変化だった。
ともすれば見落としてしまいかねない瓦解の兆し。
普段よりも眠たげな顔と目の下に浮いた薄い隈。
目に見える変化は、それだけだった。
─青を想う─
不意に意識が浮上する。
朧な視界に満たされた青。
明るいとは言えぬ薄暗闇は、深く濃い青色をしていた。
緩慢に廻る思考回路が、ああ朝だ、と弾き出す。
もっとも、朝と言えども明け切らぬ刻限だ。
起き出して何が出来るでもない。
朝と夜の狭間の青を、ぼんやりと網膜に焼き付けた。
徐々に明るさを増していく空が、カーテンの隙から垣間見える。
中途半端に目が覚めたものだと舌打ちをしたい気分だった。
一旦閉ざした視界を開き、隣で眠る幼馴染を映そうとし、ようやく気付いた。
姿がない、ということでない。ただ横になってはいなかった。
膝を抱え背を丸め、寝台に座す影が見える。
赤い眼はどこを見ているのか、焦点を結ばずどこか虚ろで。
抱えた膝に頬をあて、身じろぎひとつせずにいる。
ふ、と息を吐く気配がした。
泣きそうな笑みがぼんやりと見える。
ゆるりと瞼が赤を隠し、額を膝に俯いてしまった。
手を伸ばせば届く距離だと言うのに微動だに出来ぬ自分がいる。
幼い時分に返ったように寝台と体温とを共有しているにも拘らず、だ。
知らず知らずに握った拳、爪が食い込むほどに強く。
伸ばせぬ腕に歯噛みしつつも、やはり動くことは出来なかった。
恐らく相手は気付いていないのだろう。
俺が起きていることも、一部始終を見られていることも。
知らぬ存ぜぬを通すべきなのだろうか。
それとも、どうかしたかと声を掛けるべきだろうか。
迷い惑い考えた末、情けないことに背を向けた。
寝言にもならぬ声を漏らし、ぱた、とシーツを軽く叩く。
はっと息を飲む気配。
僅かに寝台が軋み沈んで、相手が体勢を変えたと知る。
きしり、背後に感じる動き。
こちらの表情を窺うように、側近く寄せられた白い顔。
「……寝てる?」
問い掛けの声は掠れていた。
振り払う仕草で首を振り、ゆるりと瞼を開いてみせる。
今目が覚めたとでも言いたげに、不機嫌に眉を寄せながら。
「あ、起こしちゃった?」
「……」
「銀閃?」
訝しむ呼び声は右から左。
下手な芝居を打つことすら忘れ、丸く両目を見開いた。
寝起きにしては明瞭な音で、ぽつ、と声が零れて落ちる。
「泣いて、いたのか」
大きく瞠られた赤い目が、すぐさま笑みを繕った。
白い指で目元を拭い、違うよ、と首を横に振る。
「欠伸したら涙出ちゃった」
「そう、か」
「ウン」
にっこりと笑みを向けられて、これ以上は無理だと悟った。
踏み込むべきではない領域だ。
少なくとも今は、触れてはならない。
気付いただろうか。気付かれて、しまっただろうか。
最早そんなことはどうでもいい。
気付いていたとしても、相手は知らぬ振りをしている。
ならばこちらも乗るべきなのだ。勝手にそうだと決め付けた。
「……寝る」
「うん、オヤスミ」
「おまえも、寝ろ。まだ早い」
ウン、と繰り返された頷きを拾い、開いた視界に天井を映す。
薄くなった青色と、色濃くなってゆく朝の気配。
目を射る明るさが憎らしかった。
朝と夜との狭間の青。
膝を抱き、虚ろな目で、それを迎える幼馴染。
病じみたその行動が毎朝のことだと気付くのは、それから間もなくのことだった。
一覧
| 目録
| 戻