鼻を掠める埃の臭いと僅かに混じる黴臭さ。
膨大な量の蔵書を誇る書物庫の隅に彼らはいた。
はた、と両目を見開いて、次いで大きな溜息ひとつ。
こちらに気付いたらしい子供が、ああ来たのかと平坦に告げた。
―快眠枕争奪戦―
周囲に散らばる数冊の本と、床に流れた銀糸の髪。
それを目で追い伝った先に、それはそれは安らかな寝顔。
床に転がり寝こけるだけなら仕方がなしとも思えただろう。
が、しかし、
「どういうことだい? これは」
可愛い我が子の膝を借り、枕にしているとあれば話は別だ。
当人は気にした様子もなく、手にした本のページをぱらりと捲る。
私がやったら躊躇いなしに膝から叩き落としてくれるだろうに。
羨まし過ぎて泣けてくる。
どういうことかと再び問うと、ようやくこちらを向いてくれた。
開いたページに栞を挟み、ぱたんと閉じて傍らへ。
「本を借りに来てみたら、こいつがそこに転がっていてな」
そこ、と玄冬が指し示したのは書棚と書棚の間の通路。
邪魔だから起こそうとしたのは良いが、支え切れずに転んだのだ、と。
言って軽く肩を竦め、膝で眠る相手を見遣る。
起き出す気配は微塵もなく、微かな寝息が聞こえるばかり。
その様を目に苦笑して、それにしても、と言葉を続けた。
「良く寝られるな。こんな体勢で」
「……寝床の必須条件はクリアしている場所だからね」
よっぽど寝心地が良いんだろうさ。
たとえ無茶苦茶な姿勢でもね。
多少の揶揄を含め紡ぐも相手は変わらず夢の中。
張り合いも何もありはしないなと疲れ混じりの溜息を吐く。
やれやれとそちらに手を伸ばし、主の肩をやんわり揺すった。
安眠快眠、大いに結構。
しかし、いつまでもこうしてはいられない。
「主、そろそろ起きて下さい。こんな所で眠っていては風邪をひいてしまいますよ」
いい加減、寝床をひとつに絞って下さい。
白梟が心配しますから。
小言を交えて揺さぶり続けると機嫌の悪い呻き声。
薄い瞼がゆるり開かれ、紫の目がちらりと覗く。
ほっと胸を撫で下ろし、さあ、と更に言葉を続けた。
「そろそろ玄冬を返して下さい」
「……」
「そしてさっさと寝台へ……って、主?」
ぼんやりと彷徨う紫の目が、玄冬を映し、私へ移る。
ふっと小さな笑みを浮かべて、再び瞼は閉じられた。
我に返れど時既に遅く、主は再び夢の中。
「ちょっと主! いま鼻で笑ったでしょう!?」
笑ったでしょう笑いましたよね見ましたよ聞きましたよ泣きましょうか主!
ゆさゆさと揺さぶり続けるも、薄い瞼は閉ざされたまま。
ぎゃあぎゃあと騒ぎ続ける鳥と、依然眠ったままでいる神と。
どっちもどっちだと玄冬は思い、深く深く息を吐いた。
リクエスト内容(意訳)
「玄冬を取り合う鷹と研究者。ギャグ」
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