目覚まし時計に起こされて、眠気のままに欠伸をひとつ。
ウンと大きく伸びをして、裸足のままで床へと降りた。

目を擦りながらドアを開け、鼻を擽る匂いに気付く。
今日の朝ごはんなんだろう。
そう思うよりも一拍早く、お腹の虫がくるくると鳴いた。










─「いってらっしゃい」─










トントンと階段を下りた先で、ガラスの嵌め込まれたドアを開ける。
途端に椅子を立つ音がして、腰の辺りに重い衝撃。
ぐらりと傾ぐのをどうにか堪え、しがみつく子供の頭を撫でた。

「はな、おはよう!」
「……おはよ」

朝っぱらから元気な弟は何が楽しいのかニコニコと笑ってる。
どうやら食事も終盤らしく、誰もはなしろを咎めたりしない。
もっとも、その場にいる家族の中でちゃんと起きているのは一人しかいないけれど。

「はなが一番最後なんだよ。ねぼすけさんだなぁ」
「うるさいな。まだ寝てる人、いるじゃない」

テーブルに突っ伏した兄を指したら弟は困った顔をして。
むむ、と眉間に皺を寄せ、起きてよう、と揺さぶった。
うー、とか、むー、とか言うけれど、一向に起きる気配はない。





「いつものことだろ? ほっときなって」
「うー」
「ほら、ジュース残ってる。早く飲んで仕度しな」
「……はぁい」

渋々離れる小さな子供が椅子の上へとよじ登る。
隣の席へ座るとすぐ、目の前にコトンと皿が置かれた。

「おはよう、花白。遅かったじゃん」

そう言って笑う長兄が、何飲む? といつもの問いを投げる。
少し迷って顔を上げ、牛乳、と返すとまた笑った。

白くて丸いお皿の上で見目鮮やかな朝食が踊る。
バターのとろけたトーストの脇にはジャムの壜がひとつ、ふたつ。
黄味が半熟の目玉焼き、カリカリと香ばしいベーコン。
マヨネーズ控え目のマカロニサラダはレタスの上に乗せられていた。

いただきます、と呟いて、ふと弟の方を見た。
きらきら輝く視線の先には彩り豊かなお弁当。
ああそう言えば遠足だっけと、パンを齧りながら思い出した。





「楽しみ?」
「うん! おいしそう!」
「……いや、弁当じゃなくってさ」

どこへ行くのと紡ぎ掛けた口からは代わりに溜息が吐き出される。
幸せが逃げるでしょ! と叱られて、わざとらしく息を吸い込んだ。

桜でんぶと炒り卵、さやいんげんの三色ごはん。
あの兄のことだ。ごはんの下には甘辛い鶏そぼろが仕込まれているに違いない。

タコさんウインナーにアスパラのベーコン巻き。
花形ニンジン入りの温野菜サラダと彩を添えるプチトマト。
つくづく芸が細かいなぁと我が兄ながら感心してしまう。





不意に鳴った呼び鈴に、はなしろはカタンと席を立つ。
はぁいと響いた嬉しそうな声に、お迎えが来たとすぐに分かった。
ふたつ年上の友達と一緒に毎朝登校しているから。

弁当箱に蓋をして、拙いながらも自分で包む。
それを鞄に押し込んで、とたとたと向かいの席へと向かった。
眠そうな目を必死で開く、きれいなきれいなあの人の所へ。

「しろふくろう! 行ってきます!」
「はい、いってらっしゃい。気を付けて」

ふんわりと笑顔を向けられて、くしゃっとした襟を整えてもらって。
くすぐったそうに笑いながらも、またとたとたと駆けて行く。
それを見送るあの人の目は、どこまでもどこまでも優しかった。





「昨日も遅くまで起きてたんでしょう? もう少し寝ていても良かったのに」

苦笑しながらそう言う兄に、白梟は苦笑する。
恥らうように目を細め、そうはいきません、と柔らかな声。
いってらっしゃいを言いたいのだと、頬を仄かに染めながら。

「今日の帰りは遅いのですか?」
「え? あ、いえ。いつも通り、です」
「そうですか」

よかったと柔らかく微笑まれ、かあっと顔が熱くなる。
慌てて牛乳を流し込んだから何かあるのか聞きそびれてしまった。

ちらりと時計に目を走らせて、ごちそうさま、と席を立つ。
皿を片付け身支度のために部屋へ戻ろうとした矢先。
いい加減起きろよと呆れたような長兄の声を背中で聞いた。











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