ぴたりと思考が停止する。
一秒、二秒、三秒と、時間ばかりが過ぎていく。
やっとのことで我に返って、喉の奥から吐き出した音は、
「あー」とも「えー」とも「うー」ともつかない、なんとも間抜けたものだった。
─ウサギの鳴き声─
さくりと下草を踏む音に、無数の視線がこちらを向いた。
足が止まる。気圧される。
俺を捉える何対もの目。丸く丸く瞠られて。
「人気者だね、熊サン?」
揶揄する口調でそう言えば、苦い笑みが返される。
その頬にちょいと手を添えるのは肩に乗ったリスの子で。
鼻をひくひくさせながら、可愛らしく首を傾げた。
逆の肩には小鳥が二羽、仲良く並んで羽繕い。
頭に乗った別の一羽は髪を突付いて引っ張っていた。
巣材にでもするつもりかな、なんて思う。
リスに小鳥にウサギにネズミ。
小動物が好きだってことは前から知っていたけれど、まさか好かれてもいるなんて。
微笑ましさに表情を緩ませ、さく、と一歩踏み出した。
途端に飛び立つ小鳥たち。
ウサギもネズミもリスの子も、身を翻して逃げていく。
小さく軽やかな足音の後には、熊サンひとりが残された。
「……邪魔、しちゃったみたいだね」
取り残された熊サンは、なんだかとても寂しそうで。
悪いこと、しちゃったかな。
静まり返った周囲を見渡し、苦い後悔に笑みを浮かべた。
「いや、助かった」
「……は?」
気にするな、でもなく、助かった、だって。
丸く丸く目を見開いて、何だって? と問い掛ける。
困ったような笑みを滲ませて、熊サンはフイと視線を逸らした。
小さな生き物が駆け込んでいった緑の茂みを眺めるように。
「動けなくてな」
「……ああ」
ぽつりと零されたその一言に、なるほどね、と頷きを返す。
あれだけ懐かれ好かれていたら、無下に振り解くことなんて出来ないだろう。
熊サンの性格からしても、そんなことが出来るわけがない。
「あ、」
「うん?」
熊サンの背中を覗き込む。
不思議そうな顔をする彼に、動かないで、と言葉で制して。
そろりと伸ばした腕、その指先に柔らかな感触。
ふわふわの茶色い毛並みと、真っ黒でつぶらな目。
ひくひくと鼻を動かして、可愛らしさ大爆発。
「まだいたのか」
「そうみたいだね」
ひょいと抱き上げて、熊サンの鼻先へ。
ウサギは耳をピンと立て、嬉しそうに首を伸ばした。
浮いたままの後足が、ぱたりぱたりと空を蹴る。
抱かれたウサギは不満気に、ぶぅ、と小さく鳴いてみせた。
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