小さい僕とはなしろと、三人で街まで遊びに出かけた。
僕ははなしろに手を引かれて、駆け足になりながら。
その後ろから小さい僕が、転ぶなよって言いながらついてくる。

街は知らない人がいっぱいで、知らないものもいっぱいだった。
本屋さんを見て、お花屋さんを見て、お菓子屋さんに夢中になって。
お店の外に一歩出たら、鼻の頭に冷たい雫。
見上げた空は真っ暗に雲って、大粒の雨が降り出した。










─紫陽花日和─










通りに出ていた人たちが、慌てたように早足になる。
ばたばたと幌の屋根を出す人、店の外に置いていた品物を急いで片付ける人。
濡れないように軒下に逃げ込む人もいた。
僕たちも今は雨宿り。

「やまないね」
「そうだね」

そうっと空を覗こうとしたら、おでこに雨が落ちてきた。
慌てて顔を引っ込めたけど、ほっぺたも少し濡れていて。
冷たくて、少し寒かった。

「傘、もってくればよかったね」
「そうだな」

小さい僕も空を見上げてる。
通り雨ならすぐやむだろうって、そう言って小さく溜息をついた。
僕の服の裾をつかまえて、濡れるぞ、って引っ張った。

やまないね、とか、帰れないね、とか。
空を見上げながら繰り返す。
小さい僕もはなしろも、三人揃って困り果てていた。
思ったよりも雨は強くて、ちょっとやそっとじゃ止みそうにない。





「あっ!」
「え?」

はなしろの声が嬉しそうに弾む。
飛び跳ねながら手を振ってる。
どうしたの? って覗き込んだら、赤い傘が目に入った。

「……あ、」

水溜りを踏んで、ぱしゃん、と水を跳ね上げて。
僕たちのいる軒下に、早足になって駆け込んでくる。
傘を差していない方の手には、長い黄色い傘が一本。

「やっと見付けた」

にっこりと笑ってくれる大好きな大好きな人。
抱き付いたはなしろの頭を撫でて、小さい僕を手招いた。
黄色い傘を手渡して、小熊クンたちはこの傘ね、って。

ポン、と開いた傘は大きくて、こども二人がすっぽり隠れる。
雨の雫が黄色い傘の上で跳ねた。ぱたぱたと、まるで踊るみたいに。

「玄冬はこっち」

手を握られて、くい、と引かれる。赤い大きな傘の下。





小さい僕の真似をして、傘を持たせてもらったけれど。
僕の背が小さいから、あの人の頭が傘にあたってる。
もう少し僕が大きかったら、こんな風にはならないのに。

「濡れてない?」
「ん、大丈夫だよ」
「……うそ。肩、濡れてる」

濡れないように背伸びをしても、やっぱり傘がぶつかってしまう。
ちょっと頭を下げてくれてるけど、コツンと骨にあたっていた。
傘を持つ手に伝わるから、わかるから、気をつけてるのにうまくいかない。





「ねえ玄冬」

足を止めて、僕を呼ぶ。
俯いた顔を覗き込むみたいに、ひょいとその場で膝を折って。

「背中、乗って?」
「え……?」
「ね?」

早くしないと濡れちゃうからって、しゃがんで背中を向けてくれる。
おずおずと首に手を回したら、ゆっくりと背負って持ち上げられた。
落ちないようにしがみつく手に、赤い傘の柄があって。

「こうすれば濡れないでしょ?」

顔は見えないけれど、きっと優しく笑ってる。
こっちを見ようとしてくれる目から、逃げるみたいに下を向いた。
背中に顔を埋めて、服を掴む手に力を込めて。

「……うん、」

そっと覗いた街の景色は、いつもと少し違って見えた。
自分よりずっと大きい人の背中に乗って見ているからかもしれない。
あったかい色の髪の向こうで、雨粒がきらきら落ちていった。











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