蝋燭に火が灯されるように、ふつりと意識が浮き上がる。
重い瞼を持ち上げた先、視界に映った薄闇の部屋。
眠りに就く前と何ら変わらぬ、狭くて暗い世界があった。
喉の渇きに彷徨った目が、水差しを捉えてぴたりと止まる。
軋む身体に鞭を打ち、身を起こしつつ伸ばした腕。
しゃら、と零れた微かな音に、指の先が小さく跳ねた。
― infection ―
カーテンの隙から細く細く差し込んでくる柔い光。
寝台の上にも降り注ぐそれに、冷えた腕をそっと翳した。
剥き出の手首、幾重にも巻かれた細い鎖。
僅かに金の混じったような、やわらかな銀色が煌めいて。
軽く引けばしゃらりしゃらりと鎖同士の擦れる音。
ついと辿ったその端は、窓の格子に括られていた。
手首を彩る華奢な細工は装飾品の類ではない。
柔く緩く自由を奪う、煌びやかで見目の良い、枷。
もっと重くて無骨なものなら、躊躇うことなく壊せたのに。
細かな装飾の施された、小さく弱い環の連なり。
力など使わずとも、軽く引けば千切れてしまいそうで。
ほう、と零した溜息と同時、身じろぐ気配に息を呑む。
伏せられていた一対の緋が、ゆるりと開き瞬いた。
手首に絡む細い指。その冷たさに震えが走る。
「どこ、行くの?」
起きたばかりの掠れ声。
とろりとした目が細められる。
手指の力は存外に強く、骨の軋む音を聞いた気がした。
「……みず、」
「ん?」
「喉、渇いたから……水、飲もうと思って、」
自由の利く方の手を持ち上げて、つい、と傍らの水差しを指す。
そちらの腕に巻かれた鎖は、隣で寝転ぶ彼の手首に。
途切れずあることに気を良くしたのか、ふわりと相手は微笑んだ。
背筋の冷える歪んだ笑みで、そう、と頷き身を起こす。
寝台の上で向き合いながら、ぺったりと二人、座り込む。
しゃらりと零れた鎖の音。上げた視界に、紅い双眸。
一気に距離が縮んだと思ったら、相手の手のひらが頬に触れた。
冷たくて、優しくて、少しだけ、怖い。
「花白が俺を置いて遠くへ行っちゃうのかと思った」
眉を下げた哀しげな笑みで、蕩けるような声音で囁く。
頬から首へと滑った手のひらは、背中を伝って腰まで落ちた。
そのまま軽く抱き寄せられて、拒む間もなく腕の中へ。
「馬鹿だよな、俺。花白が俺を置いて行く訳がないのに」
だってこんなに優しいんだもの。
俺をひとりになんて、しないよね。
疑ってごめんね。ゆるしてくれるかな。
次から次へと紡がれる言葉。
鼓膜を柔く掻きながら、ことりと心に落ちてゆく。
甘く優しい声なのに、痛くて苦しくて仕方がない。
幾重にも巻かれた銀色の鎖。
束ねた腕は数えて三本、その行く先は窓の格子。
括る結び目は酷く緩くて、簡単に外れてしまいそうなのに。
すぐに解けてしまいそうなのに、この手を伸ばすことが出来ない。
軽く引けば千切れるだろうに、力を込めることすらも。
「どこにも、いかないよ。ひとりになんて、しないから」
言って両手を相手の背中へ。
その肩口に顔を埋め、だいじょうぶだよと抱き締める。
手首を繋ぐ華奢な鎖が切れないように気を遣いながら。
解けてしまったら、千切れてしまったら。
この人はどうなってしまうのだろう。
そんなことを考えながら、ゆるりと両の目を閉じる。
首筋を掠める柔らかな髪だとか、ひやりと冷たい指先だとか。
いとおしむように、慈しむように、やんわりと触れてくる手のひらだとか。
縋るみたいだと思ったのは、いつの頃のことだったろう。
怖いと思うようになったのは、いったい、いつ。
いつの間に、こんなに弱くなってしまったんだろう。
僕も、彼も、いつの間に。
リクエスト内容(意訳)
「救花ダーク。束縛したがりな救世主」
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