鬱陶しい空模様、絶えず零れて落ちる雨。
息苦しさに顔を顰めてぼんやり見遣った窓の外。
雨粒に霞む庭の中、ぽっつり浮かぶ白を見た。
─ガーデニア─
ノックの代わりに扉を蹴る。
行儀も何もあったもんじゃないけど、気を遣いながら、ごくごく軽く。
返事がないことに首を捻り、コツンコツンと繰り返す。
もしかして留守? と思ったところで、ようやく小さな応答が。
「開いてるよ。誰?」
「俺」
「……勝手に入ればいいだろ」
ぶっきらぼうな声。冷たい物言い。
これが熊サンあたりだったら弾けんばかりの笑顔でもって出迎えちゃったりするんだろうな。
そう思ったらちょっと落ち込んだ。
お兄ちゃんだって傷付くんだよ、解ってる? なんて訊いてしまいそう。
「手、塞がってるの。開けて?」
少しだけ下を向いて、甘えるような声で言う。
躊躇う気配が伝わるような中途半端な間を置いて、ゆっくり扉が開かれた。
様子を窺う花白の目が見る見るうちに丸くなる。
ずぶ濡れじゃないか! と叱る声音に浮かんだ笑みは自然と深く。
「これ、あげる」
抱えていた花を差し出して、きれいでしょう? と微笑んでみせる。
艶やかな深い緑に抱かれた雨粒を纏う白い花。
「……薔薇?」
「残念、ハズレ」
花束を相手に押し付けて、華奢な肩に手をかける。
ふわふわと柔らかな桜色の髪に、顔を寄せて口付けた。
途端に跳ねる小さな身体。仄かに染まった頬の色。
上目に様子を窺う様が余りにも可愛らしくて。
「くちなし」
「な、に」
「この花の名前。梔子」
繰り返しながらもう一度キスを。
額に頬に鼻先に。最後に軽く、唇に。
「いい匂いでしょ?」
「……うん」
「気に入った?」
「……、……うん」
耳まで真っ赤に染め上げて、こっくりと小さく頷いてくれる。
きゅっと握ったその花の香を、すう、と深く吸い込んだ。
ああ、良かった。気に入ってくれて。
冷えた身体を震わせて、そろそろ帰ろうかなーと思ったとき。
花白の手が伸びてきて俺の服をちょいと摘んだ。
びしょ濡れの布地からは水が滴り、足元に水溜りを作ってる。
「風邪、ひくよ」
「ひいたら看病してくれる?」
「っ早く体拭けって言ってんの!」
手荒く部屋へと引き込まれ、乱暴にタオルを投げ付けられた。
顔面で受けた柔らかな布は重力のままに手元へ落ちる。
「何か温かいの持って来るから、それまでにちゃんと着替えておくこと!」
「はーい」
「それから、」
……花、ありがと。
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