風を招くはずの窓から、それはひらりと迷い込んできた。
ひらひらと舞い、漂いながら、天井付近を旋回する。
と、羽ばたきが止まり滑るように、春色目掛けて落ちてきた。










―夏日に咲く―










ぎゅっと瞑られた一対の緋色。
驚きのためか首を竦めて、恐る恐る目を開く。
顔を動かさないようにしているのだろう。
顎は引いたまま、目は上を見る。勿論、見ることは叶わない。

ぱちぱちと瞬く紅い目が、瞠られたままこちらを向く。
やっと聞こえる声量で、ひそりと問いが投げられた。

「……いる?」
「ああ」

この辺りに、と自らの頭を指差しながら首を縦に振って返す。
その間にもはたはたと、音を伴わない羽ばたきが。





「……花と間違えたのかな……」

蜜なんて出ないのに。

抑えた声でそう漏らし、上向く緋色が瞬いた。
どうにか姿を捉えようと、知らず知らずに天井を仰ぐ。
白い喉がちらりと覗き、柔な髪がさらりと流れた。

「あ、」

髪を僅かに揺らしたそれが、ひらりと軽く舞い上がる。
滑らかに室内を飛び回り、再び花白の元へと落ちた。
左耳のすぐ横辺り、零れる髪を足掛かりにして。





聞こえるはずのない羽音がする。
はたはたと羽ばたき、花白の頬を打つ音が。

「くすぐったいよ」

困ったように眉尻を下げて、首を斜めに傾がせる。
ひらり、一瞬舞い上がり、音もなくまた降り立った。
気まぐれに離れては、再びふわりと羽を休める。

「気に入られたみたいだな」

繰り返される戯れに、自然と頬が緩むようだった。
赤い眸に笑みを向ければ、憮然とした、けれどどこか柔らかな表情で。
羽がはたりと震える度に風を受けるのか目を細める。
微笑むような、その表情。
耳を澄ませば微かな笑みがくすりと鼓膜を掻くようだった。





そろりと伸びる細い指。
捕まえようとか追い払おうとか、そういう意思はないらしい。
見えない相手に差し出すように、そっと、そっと、息を殺して。

「あんまり嬉しくな……あっ」

ひらり、はたはた、遠ざかる。
天井付近を飛び回り、開け放した窓から再び空へ。
眩いばかりの陽光を浴び、薄い羽が透けるよう。

「……行っちゃった……」

名残惜しいのか肩を落として、僅かに悲しげな声の色。
蝶の消えた空を背にする、その横顔は絵画のようで。










ずっとここから見ていたいと、淡い笑みの下で思った。











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