どこからともなく取り出した眼鏡と、いつの間にやら着替えた衣装。
右手に菜箸を携えて、魔王はにやりと不敵に笑った。
対峙する黒鷹は苦しげに眉を寄せながらも口端を僅かに上げている。
たかが野菜、なんて言ったら叱られるから黙ってるけど。
つくづく訳が解らなかった。
―魔王家の食卓―
ずらりと並べられた料理を前に黒鷹が目を見開いて。
いつものように涼しい顔で「さっさと食え」と玄冬が言った。
で、例によって例の如く、黒鷹が肉を寄越せと喚き、野菜を食えと返されて。
今は不気味な笑顔ばかりが食卓の上を飛び交っている。
ぼんやりとそれを眺めながら壁にもたれて溜息を吐いた。
慣れたもんだな、なんて思う。
二人が喧嘩を始めたら逃げた方が賢いと知った。
とばっちりを食った挙げ句に野菜の量を増やされた日を思い出す。
あの日は腹が立つあまり本気で鷹を焼き鳥にしてやろうと思ったくらいだ。
逃げるときには自分の皿だけ持って壁際で大人しくしているに限る。
今みたいに。隣には慣れた様子の子供がもぐもぐと口を動かしていた。
もしもこの子が魔王になったら……考えただけで頭痛がする。
「見ろ! 花白だって嫌いなニンジンを食べているんだ。年長者として恥ずかしいとは思わないのか?」
急に僕の名前が出てきてフォークの先でお芋が跳ねた。
皿の縁にぶつかったから落ちることはなかったけれど。
「くっ、いつの間に克服したんだ……裏切ったな、ちびっこ……!」
「……別に手を組んでた訳じゃないし」
そう言いながらお芋を齧る。
適度な塩気があって美味しい。
「したのか? 克服」
「まさか」
「じゃあなんで」
不思議そうな顔をする小さい玄冬に、なんて答えたらいいだろう。
もぐもぐとお芋を咀嚼しながら、視線が思わず宙を泳いだ。
花白? と名を呼ばれて、こくんとお芋を飲み下す。
どうしようかと悩んだ末に、ちらちらと相手を窺って。
「……飲み込んでる、から」
「なるほど」
小さい玄冬は頷いて、だからニンジンが細切れなんだな、と言った。
予め小さく切られているけど、それでも喉につかえてしまうから。
かと言って口の中で砕けば嫌でもニンジンの味がする。
それだけはどうしても避けたくて、フォークで小さく切り刻んだ。
「大変だったな」
「……うん、ありがとう」
ほんの少し背伸びをして、小さい玄冬が頭を撫でてくれる。
普段なら複雑な思いがするのに、今はなんだか嬉しかった。
不意に響いた悲鳴、怒声。荒っぽく開け放たれた窓。
鳥の羽ばたきを遠くに聞きながら、細切れのニンジンをぱくりと含む。
どんなに小さく小さくしても、やっぱりニンジンの味がした。
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