ばたばた近付く足音を耳に、落としていた目をふと上げた。
中庭へ続く回廊の奥から救世主がこちらに駆けてくる。
どうしたのかと問うより早く相手はぴたりと身を寄せてきた。
背中に隠れ弾む息で、匿って、と小さく笑う。
ただそれだけで心臓が跳ね、同時に微かな軋みをたてた。
―わらう道化―
カツカツと近付く新たな足音に再び視線を回廊へ向ける。
眉間に深く刻まれた皺が不機嫌の度合いを示すよう。
カチリと視線がぶつかって、相手がこちらの名を呼んだ。
何だと返すと足を止め、苛立ちの濃い声で問う。
「救世主を見なかったか?」
「また何かしたのか、あいつ」
「……いつものことだ」
はあ、と吐き出す溜息は重く、顔には疲れが見て取れた。
他人ごとであるとは言え、ほんの少しだけ同情する。
背中に隠していると告げたら、どんな顔をするのだろう。
「中庭は通らなかったぞ」
「そうか。すまん、邪魔をしたな」
「いや」
まあ頑張れよと見送る背中と遠ざかる足音に息を吐く。
行ったぞと背中の相手に告げればひょっこりと顔を覗かせた。
「ありがと熊サン。助かったよ」
「……次はないぞ」
「解ってるって」
へらりと笑う赤い目が、ふいと逸らされ回廊へ向く。
彼の背中を追うかのように、すいと細めて遠くを見た。
その横顔を眺めながら内心でひとり自嘲に笑む。
焦がれる相手が目の前にいるのに言葉ひとつ交わせない。
背中に隠してやるしか出来ずに、募る想いを抱えるばかり。
彼が追うのは銀髪の、涼やかな蒼い目を持つ男。
互いに好き合う仲だというのに、時折こうして逃げ隠れだ。
巻き添えを食うことでしか二人の間には入れない。
そう知りながら突き放しもせず、その役回りに甘んじている。
なんと滑稽なことだろう。
もう行け、と軽く背を押せば、相手は緩やかに立ち上がる。
ウンとひとつ伸びをして、赤い両目が見開かれた。
げ、と零れた小さな声に、ゆるり巡らす視線の先。
「きーさーまーらー!」
遠く離れた場所であるのに鬼の形相がはっきりと。
慌てて逃げる救世主を脇目も振らずに追い掛ける。
擦れ違い様に投げられたのは、貴様は後だ! と捨て台詞。
静寂の戻った庭に座し、はあ、と重たい息を吐く。
どろりと湧いた感情の渦が溢れぬように蓋をした。
蝋で固めて縄で縛って、水の底にでも沈めたら。
そうすれば、俺は笑っていられるだろうか。
笑って、彼らと話せるだろうか。
ああ、なんて滑稽なことだろう。
リクエスト内容(意訳)
「銀救前提救←玄。シリアス」
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