廃墟と化した街に佇む半ば崩れた礼拝堂。
蝶番のいかれた扉を潜り、眼前の光景に息を呑む。
ひび割れ砕けた硝子絵の前、音もなく立つ人影ひとつ。

ゆるり振り向く動きに合わせて流れる髪は春の色。
差し込む陽光を背に受けながら滅びの申し子は微笑んだ。
人らしい温もりの窺えぬ、氷のような冷たさで。










―誰が為に―










口元は笑みに歪めたまま、紅い眸が俺を見る。
舐め回すような視線に晒され無意識に身体が強張った。
その目が一点で動きを止め、ふ、と鼻から息を吐く。
細められる緋と弧を描く口元、紡がれた言葉に嘲笑の色。

「手、震えてるぜ? そんなんで俺を殺せるの?」

くすくすと笑う相手の声がカッと頬に朱が走る。
軋むほどに奥歯を噛み締め、険の柄に手を掛けた。
微かな震えを押し殺すように痛いくらいの力を込めて。
引き抜きはせず握ったままで、緋色の眸を睨め付ける。

相手は気にした素振りも見せず、ゆったりとこちらへ近付いてきた。
朽ち掛けた石の階段を、一歩、また一歩と降りてくる。
カツンカツンと踵が鳴る度、言い知れぬ感覚に気圧された。





整った顔立ち、纏う気配。
硝子絵から抜け出た神話のような、現実味の薄いその姿。
含み笑う声音を耳に、はっと呼気を呑み込んだ。

いつの間にか距離を詰めたのか、視界いっぱいに冷えた笑み。
ふふ、と小さく漏れる吐息を和毛の震えで感じ取る。

「俺が怖いの? 救世主サマ」

頬に触れた手指は冷たく、まるで氷柱のようだった。
剣を抜くことすら忘れ、食い入るように緋色を見る。
つ、と指が頬を滑り、顎を辿って首筋へ。

ただただ気圧され動けずにいると相手の視線に剣呑な色。
笑み一色だった声色に、感情の揺らぎが一滴落ちた。





「……死にに来たのかよ、アンタ」

口元だけに浮かんだ笑みと、冷たく凍てつく緋色の目。
喉を潰そうとするかのように冷えた手指に力が篭もる。
その手を振り払うことはせず、ただ自らの手のひらを重ねた。
眩み霞んだ視界の中にみはられた緋色が朧に映る。

「俺、は」
「……何だよ」

嘲笑を装う相手の声音に、ほんの僅かな苛立ちが滲んだ。
貼り付けたよな口元の笑みすら、どこか歪に引き攣って。
重ねた手のひらに力を込め、相手の緋へ向け真っ直ぐに。

「俺は、おまえを殺したくない……!」

吐き出した言葉に緋色は丸く、次いでスイと細められた。
首を締め上げる華奢な手が、突き放すように剥がされる。
堪らず頽れ膝を突くのを冷たい緋色が眺めていた。





「……それで?」

凍てつく視線、冷めた声音。石床を叩く硬い靴音。
咳き込み噎せながら目を上げた先に、不快も露わな緋の色が。

「そんな我が儘が罷り通るとでも思ってんの?」

言いながら腰の剣を抜く。
陽光を弾くその刀身は研ぎ澄まされた氷色。
氷柱を鍛え上げたかのような冷たい光を放っていた。





「剣を取れよ、救世主」

突きつけられた切っ先よりも、歪んだ緋色に目を奪われる。
必死に繕う笑顔の下で、何を思っているのだろう。
瞬きの間に歪みは消え失せ、冷めた笑みが舞い戻る。
口端を緩く吊り上げながら、す、と相手は目を細めた。

「アンタも世界も何もかも、俺がこの手でぶち壊してやる」
「……おまえ、っ」

言葉を紡ぐ暇を与えず繰り出されたのは鋭い一閃。
咄嗟に受けたその一撃は重く、剣を持つ手がジンと痺れた。

「大切なものを、守りたい人を、失う痛みに苦しめばいい!」

悲鳴にも似た呪詛と同時に鬩ぎ合う刃が弾かれる。
間合いを取るため後退するも、追い掛けるように剣が舞った。





爛々と輝く緋色の眸に滲み宿るは深い悲しみ。
魔王と呼ぶには幼過ぎる子供は冷たい笑みを貼り付ける。
痛みも怒りも悲しみも、すべてを笑顔で覆い隠して。
重過ぎる剣を振るいながら、泣くことも出来ずに嘲笑っていた。










リクエスト内容(意訳)
「救世主と玄冬の立場逆転。玄冬らしくする為に常に薄笑いを浮かべる未来救」

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