彩の城へ来るまでは良かった。
城門を潜り回廊を進み、目指す部屋へ向かうだけ。
ただそれだけのはずなのに、気付くと知らない場所にいた。

近道をしようと踏み入った庭で途方に暮れて立ち尽くす。
見渡す限りの緑に囲まれ、抱えた危機感はどこか薄い。
どうしたものかと思案した矢先、眼前の茂みが大きく揺れた。










―揺らぐ邂逅の奇蹟―










ガサガサと緑を掻き分けて、現れたのは鮮やかな色彩。
木の葉を纏った鴇色の髪と丸くみはられた真紅の双眸。
なにしてんの、と問う声すらも、仄かに色付く気さえした。

「おまえこそ、そんな所で何をしてる」
「え、っと……散歩?」

明らかに道ではない場所から湧いて出てきて良く言うものだ。
そう思ったことが伝わったのか、相手の顔に笑みが浮かぶ。

パタパタと服を払う手が、不意にぴたりと動きを止める。
髪に付いた木の葉を取ろうと伸ばした腕を逆に取られた。
きゅっと握られ、軽く引かれる。

「なんだ?」
「来て。こっち」

くるりと踵を返したかと思うと先程の茂みに分け入った。
引かれるままに足を踏み入れガサガサと大きく茂みが揺れる。
どこへ行くのかと投げた問いには、まだ内緒、と返された。





下草を踏み、木々を縫い、歩き続けること暫し。
不意に開けた視界の先には高く聳える城壁が。
積み上げれた石は苔むし、触れると手指が薄く湿った。

「……すごいな」
「でしょう?」

得意げな笑みを視界に映し、ふっと顔を綻ばせる。
庭師以外に立ち入る者のない忘れ去られた庭園なのだ、と声を潜めてそう告げる。
秘密を共有する子供のように、きらきらと目を輝かせて。

繋がれたままの白い手に、仄かな熱が宿っていた。
肩越しに見る白い頬も薄っすらと赤く上気して。
その肌の上に木漏れ日が落ちる。
天を覆うほどの緑の合間、ちらりちらりと絶え間なく。
細かな模様を描く光に、明るい水底にいるかのような錯覚に陥った。





「っ、なに……?」

空いた方の腕を伸ばし、相手の髪にツイと触れた。
不思議そうな相手の前に、そら、と手のひらのそれを示す。
いつの間に舞い降りたのか、まろやかな白い花弁が一枚。

「さっきは木の葉がついていたがな」
「知ってたんなら取ってくれたっていいんじゃない?」
「取らせてくれなかったのはおまえだ」

ふるりと左右に首を振り、取れた? と小さな声で問うた。
もうないぞ、と髪を梳く。
相手は小さく首を竦めてくすぐったそうに笑みを零した。





緑色の風、鳥の囀り。指先に受ける滑らかな感触。
城壁に絡む蔓薔薇の花が、ひらりと白い花弁を散らした。











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