言葉ですべてを伝えられたら、こんな風には思わないのに。
手を伸ばすことを躊躇うなんて、そんなこと、しなくて済むのだろうに。
迷い惑うその合間にも、彼は優しく微笑むから。
その目を見たら、見てしまったら、そんなちっぽけなこと忘れちゃうんだ。
─まどろみの色─
ご飯を食べ終えた満足感の中、ふわふわとした眠気に抱かれる。
右隣には玄冬がいて、食後のお茶を啜ってた。
ふくふくとした香りが漂い、僕の鼻先で踊ってる。
僕も、と伸ばした手指より先に、湯飲みは横から攫われた。
きょとんと瞬き小首を傾げて、あれ、と零した小さな声。
すると隣から玄冬に呼ばれた。密やかな笑みを孕んだ優しい声で。
「零すんじゃないぞ」
「あ、うん。ありがと」
手の中に握らされた湯呑みを持って、ありがとう、と繰り返す。
食後の上がった体温よりも、少しだけ高い陶器の熱。
その心地良さに目を細め、ふう、と水面に息を吹きかけた。
白く細く棚引く湯気が、ほんの束の間消え去って。
瞬く間もなくゆらりゆらりと生まれる様がおもしろい。
「このお茶さ、」
「うん?」
「前に美味しいって言ってたやつ?」
鼻を擽る柔な香りと、舌に広がる仄かな甘味。
ことりと首を傾げて訊いたら、玄冬は微笑み頷いた。
「おまえが気に入ったみたいだったからな」
「え、」
「違うのか?」
ぱちりと瞬き眉を顰めて、覚え違いかと零す声。
慌てて首を横に振り、違わないよと打ち消した。
途端に和らぐ彼の目元と、そうか、と囁く優しい声と。
ああ好きな顔だとぼんやり思い、我に返って頬を染めた。
誤魔化すように湯呑みを傾け、煽ったお茶の熱かったこと。
驚き噎せて咳き込む僕の背中を擦る大きな手のひら。
大丈夫かと問う声に、だいじょうぶ、と苦しい息で。
心配そうに顔を覗き込み、零れたお茶を拭ってくれる。
躊躇いも迷いも感じられない、優しさに満ちたその手付き。
ありがとう、もう大丈夫。
そう伝えたら、また微笑んで。
気を付けろよと告げる声が、鼓膜を柔く引っ掻いた。
そっとそっと彼に凭れて、中身の減った湯呑みを眺める。
ゆらゆら揺れる水面に映る自分の顔が赤かった。
恥ずかしさだとか気まずさだとか、そんな思いでいっぱいになるけど。
ぽふ、と頭に玄冬の手のひら。
気にするなとでも言うかのように、軽く軽く髪を梳く。
おずおず持ち上げる視界に映った何よりも好きなその笑顔。
ああほら、また。
言葉に出来ない思いだとか、伝えられないもどかしさだとか。
全部わかってるって顔をするから、優しく優しく笑うから。
他のことなんて忘れちゃうんだ。
リクエスト内容(意訳)
「ほのぼの」
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