手伝おうかと投げた言葉は、いや待ってろ、と打ち返される。
しょんぼり落ちた肩と視線。言われるがまま椅子に座った。
ぶすくれて、つまらなくて、組んだ腕を枕に顔を埋める。
トントンと俎板を叩く音を聞きながら、ゆっくりと両の目を閉じた。
─溜息─
ひとつ屋根の下に住んでいて、こうして一緒に暮らしてる。
街に出る時は二人並んで、はぐれないように手を繋いだりして。
そんな日々が幸せで、ずっと続けばいいと思ってたのに。
「……欲張り、なのかな……」
腕の中で零した言葉。お腹の底で渦巻く想い。
優しい優しい玄冬の手が、今日は何だか恋しかった。
ちらと視線を投げるけど、彼の背中は映らない。
壁に阻まれ遮られ、野菜を切る音だけ響く。
もっと触れたい、触れてほしい。
言葉だけじゃ足りないと、そう思うのは何度目だろう。
初めてのことではない衝動を抱えて、再び顔を腕に埋めた。
大切な大切な友達だから。掛け替えのない人だから。
こんな風に思うのはおかしいんじゃないかって。
嫌われてしまったらどうしようって。
そう考えるばっかりだ。
「……変、なのかな。こういうの」
髪を梳く手の優しさだとか、握った手のひらの温かさだとか。
他にも挙げればキリがないくらい、彼から幸せを貰い受けた。
それを少しでも返したいと思うのは、いけないこと、なんだろうか。
「花白、そんな所で寝るんじゃないぞ」
「わかってるよー」
台所からの大好きな声に、どこか上の空で返す。
ぐるりぐるりと渦巻く想いが今にも溢れてしまいそうで。
知られてしまうのが怖くて怖くて、何もないよって顔をしてしまう。
「っひゃ、」
不意に触れた冷たい手。変な声を上げて跳ね起きた。
慌てて振り向くその先に、怪訝な顔した玄冬の姿。
宙に浮いた手がゆらり彷徨い、ひた、と頬に押し当てられる。
「元気がないが、どうかしたか?」
熱はないなと呟いて、顔を覗き込むようにして。
狼狽えて泳いだ両の目が、真っ直ぐな視線に射抜かれる。
見返すことが出来なくて、気まずくて、下を向いた。
「花白?」
心配そうな玄冬の声。額から離れる冷たい手のひら。
離れてしまうのが悲しくて、追い掛けて、しまいそうで。
「……あの、ね……玄冬、」
おずおず見上げた彼の目が、丸く大きく見開かれた。
どうした? と問われ、口を噤んで、右へ左へ目が泳ぐ。
「あの、……あのね、だから、その……」
もぐもぐと籠る言葉の欠片。
喉の奥で痞えてしまって、吐き出した時には意味を持たない。
あー、だの、うー、だの零していたら、鍋の噴き零れる音がした。
「っすまん花白、話は後だ」
「え。あ、うん」
慌てて台所へ駈け込む背中、見送ってそっと息を吐く。
助かった、なんて思ってるようじゃ、告白なんて程遠い。
意気地なし、と自分を罵って、再びテーブルに顔を伏せた。
だから僕は知らなかったんだ。ずっとずっと気付けずにいた。
玄冬が顔を赤くして、こっそり溜息を吐いていたなんて。
そんなこと、知らなかった。
リクエスト内容(意訳)
「友達以上恋人未満」
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