しあわせで、幸せ過ぎて、時々胸が苦しくなる。
ちゃんと返せているのかな、なんて考え出したらキリがない。
何より誰より大切な人、たくさんのものをくれた人。
「ありがとう」だけじゃ足りないのに、他の言葉が見付からなくて。
伝えきれずに抱えた想いは、どうしたら彼に届くだろう。










─幸福論─










暖炉の炎が揺れる度、顔に落ちた影も揺れる。
ゆらりゆらりと陰影を変えて、時折きらりと眼鏡が光った。
玄冬の視線は膝の上、開いた本のページを見てる。
気付かれないのをいいことに、その横顔をじっと眺めた。

半ば伏せられた藍色の目と、しっとりとした夜闇の髪。
炎の熱気にあてられたのか頬は仄かに上気して。
瞬く度にほろり零れる睫毛の影が映えていた。

きれい、だなぁ。

頬杖を突き、ぼんやりと、どこか夢見る心地で思う。
緩やかに文字を追う彼の視線が、不意に僕の方を見た。
カチリと目と目が合ってしまって、慌てて床へと落としたけれど。

ふ、と小さく微笑う気配に、そろりそろりと顔を上げた。
眼鏡の薄い硝子越し、藍色の目が細くなる。





「どうか、したか?」

問い掛ける声は優しくて、つられて笑いそうになるけれど。
ふるりと首を横に振り、「なんでもないよ」と嘘を紡いだ。
繕った表情は歪んでいないか、声は震えていなかっただろうか。
ばくばくと跳ね回る心臓の音が邪魔で、まともな思考は散り散りだ。

「花白、」
「っ、なに?」

いつの間に本を閉じたのか、彼の手がこちらへ伸びてくる。
逃げることなど出来るはずもなく、きゅっと目を閉じ身を小さくした。
さらり流れる前髪と、額に触れる相手の手指。
そろそろ開いた瞼の向こう、難しい顔の玄冬がいて。

「……玄冬?」
「熱は、ないな」
「へ?」

顔が赤いから、また風邪でもひいたのかと思った、と。
微かに安堵の色を滲ませ、額から頬へと手のひらが滑る。
そんな動作ひとつにすら心臓は大きく跳ねるのに。





「暖炉にあたってるから、だよ」

顔に集まる熱を感じながら、ぽつり返して俯いた。
大丈夫だと言っているのに心配そうな声がする。
そうっと顔を覗き込んで、花白、と僕の名前を呼んだ。
居た堪れない、というのは、こういう状況下で使う言葉なんだろう。

「何か飲み物持ってくる!」

視線も何も振り払うように椅子を蹴って立ち上がる。
ちらりと玄冬の顔を見たら、藍色の目を見開いていた。
ぱちぱちと瞬くその度に、頬へ落ちる睫毛の影。
ゆらり揺らめく炎のせいで、いつもと違う空気を纏って。

「……、……」
「花白?」

ほんの僅かな距離を詰め、玄冬の襟元に手を添えた。
きょとりと瞬く彼の目が不思議そうに丸くなる。
心臓はもう破裂しそうで、顔はきっと炎より赤い。
泳ぐ両目をぎゅっと閉じ、掠めるだけのキスをした。





大きく瞠られた藍色の目を避けるみたいに下を向く。
身を離そうとしたその瞬間、背中に腕が回された。
ぽすりと落ちた膝の上、玄冬の顔が肩口に埋まる。

離してと小さく訴えても、腕の力が強まるだけで。
相手の表情を窺おうにも抱き締められていては叶わない。

「あ、の……ごめん。嫌、だった?」

おずおずと投げた問い掛けに、玄冬の背中が小さく跳ねた。
額は肩に押しつけたまま、ゆるりと首が横に振られる。

「……嫌じゃない」
「え?」
「嫌じゃ、ない」

ぶっきらぼうな物言いは照れ隠しだって知っている。
背中の腕に篭った力は少し苦しいくらいだけれど。
ふにゃりと緩む口元と、思わず零れた笑い声。
むっとした声で「笑うな」と言われても、迫力なんかあるはずもなくて。





するりと腕の力が抜けて、ようやく玄冬が僕を見た。
寄せられた眉、への字の口、真っ赤に染まった頬と耳。
怒ってるみたいな表情が、照れくさそうな笑顔に変わって。

耳元に唇を寄せられて、ほろりと零れた囁き声。
びくりと跳ねた心臓と、火傷しそうに火照った顔と。
悪戯っぽく微笑う玄冬の首元にぎゅうとしがみ付いた。











リクエスト内容(意訳)
「花白から初めてのキス。照れる玄冬。甘くほのぼの」

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