肩を押す手に込められた力は軽く抑える程度のもの。
それだけで身動きを封じられ、目が泳ぐのが自分でも解った。
押し倒された寝台の上、困ったような緋色の眸。
じっとしてて、と花白は言い、ぐっとその身を乗り出した。










―病を得る幸せ―










少しだけ伸びた身長と、括れる長さの桜色。
子供だとばかり思っていたのに大人びてしまった顔立ち、雰囲気。
喜ばしいことだと思いながらも、なぜだか少し複雑だった。
こくりと首を傾げる様は相も変わらず幼い。
けれど、

「大人しくしてないと一服盛るよ」

口角を上げて紡がれた言葉は、子供が口にするものではなかった。
そっと前髪を上げられて、コツンと合わせた額と額。
思わず閉じた瞼の下ではひっきりなしに目玉が動く。

やがて離れた額の熱に、そろりそろりと目を開けた。
代わりに触れた手のひらが、ひやりとしていて気持ちがいい。





「風邪、かな」
「……なのか?」
「たぶんね」

すっと離れる手のひらが寂しい。
そう思ったことが信じられず、ふるふると左右に頭を振ったら、

「っ、」

一拍遅れて走った痛みに顔を顰めて小さく呻く。
引っ張り出した右手の甲を額に当ててみたけれど。
温いそれでは気休めにもならず、ぱたりと枕の横に落とした。

「こんなに、辛いものだったんだな」
「だから大人しくしててって言ってるでしょ」

こじらせて肺炎になったら洒落にならないんだからね。
死ぬかもしれない病気だってこと、玄冬はちゃんと解ってる?





どこか遠い花白の声に、小さく小さく頷いて。
言葉を返すことすら出来ず、だるさに任せて目を閉じる。
が、

「ちゃんと寝ててね。起き上がっちゃ駄目だよ?」

そう言って席を立つ花白の袖を思わずしっかと掴んでいた。
目を丸くしたのは二人同時で、困ったように花白は笑む。

「お粥作りに行くだけだから」
「……」
「すぐに戻るから、ね?」

頑是無い子供に言い聞かせるような、ゆったりとした柔い口調。
髪を梳いたり頬に触れたり、手の甲を軽く撫ぜたりもして。
その感触に目を細めつつ、上目に相手の顔を見た。





「……ちゃんと作れるのか?」

尋ねる口調は子供染みて、拗ねているかのような色。
きょとりと緋色を瞬かせ、花白はふわりと微笑んだ。

「玄冬が作ってるところ、ずっと見てたから。大丈夫だよ」
「……そうか」

額に貼り付く髪を払って、待っててね、と相手は言う。
立ち上がり、遠ざかる背中が見えなくなるまで目で追った。
息苦しさを覚えるような粘度の高い睡魔の波にゆらりゆらりと襲われる。
眠りに落ちる寸前に、トントンという小気味良い音。
台所に立つ花白の姿を思い浮かべて目を閉じた。











リクエスト内容(意訳)
「花に捧ぐ後の日常ほのぼの」

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