ピンと緊張が張り詰める。
花白はきゅっと唇を噛み、握った拳を震わせた。
頬と耳とは仄かに染まり、目にはうっすらと涙の膜が。
喉がこくりと小さく上下し、色を失った唇から掠れた声が漏らされた。
─深まりゆく溝─
ぽっつりと落ちた涙の雫、一滴二滴とテーブルを叩く。
驚きに瞠られる濃紺の瞳、濡れた頬へと伸びる腕。
その手が肌に触れる寸前、ぱん、と弾かれ拒まれた。
伝う涙を拭いもせずに、紅い眸には非難の色。
「どうして解ってくれないんだよ……!」
悲痛な叫びが谺する。
力を入れ過ぎた細い手指は痛々しいまでに血の気が失せて。
かくんと俯き項垂れて、震える声で「どうして」と紡ぐ。
弾かれた手をぱたりと落とし、濃紺の眸が花白を映した。
悲しげな中にも確たる意志を抱き、曲げようとはしない強固な色。
「おまえのためなんだ。解ってくれ、花白」
紡がれた言葉に身を震わせて、花白はその身を翻した。
止める間もなく外へと飛び出し、バタンと扉が悲鳴を上げる。
空いてしまった椅子の背には白い上着が掛けられたまま。
取るものも取らずに出て行ってしまった小さな背中はもう見えない。
深く重い溜息が落ちる。
くしゃりと前髪を握る手の下、揺れる眸に後悔の色。
「追わなくていいのか?」
言葉を投れば肩が震える。
気まずそうな目が俺を映し、ふい、と顔が背けられた。
顰めた眉とへの字の唇。浮かび上がるのは苦い色。
「……放っておけ。すぐ、戻ってくるだろう」
まるで自分に言い聞かせるかのような物言い。
握った拳が小刻みに震えていた。
自分では気付いていないのだろうが、相当な力が籠っていて。
「俺なら今すぐ追い掛けるけどな」
「だったら、おまえが行けばいいだろう?」
打ち返された言葉を聞いて、拗ねた子供みたいだと思った。
これが本当に一回りも年上の男の台詞かと内心で首を傾げもする。
気付かれないよう溜息を吐き、挑むような目で相手を仰いだ。
「いいのか?」
言いながら、カタンと椅子から立ち上がる。
カチリと視線がぶつかって、相手の眸が僅かに揺らいだ。
なに、と掠れた声が返され、畳み掛けるように言葉を続ける。
「俺が花白の後を追っても、おまえは構わないんだな?」
「……」
こつこつと扉に歩み寄り、取っ手に手を掛け振り返った。
相手の顔に広がったのは苦虫を噛み潰した表情。
ふ、と鼻から息を吐き、扉を開けて外を示した。
「早く行ってやれ。きっとその辺で泣いてるから」
「……ああ」
擦れ違い様に零された、悪いな、という小さな言葉。
ちゃんと解っているのなら、最初から素直に行けばいいものを。
そう思わずにはいられなかった。
同時に、あんな風にはなるまいと心の底でこっそり誓う。
「……まったく」
溜息混じりに吐き捨てて、ストンと椅子に腰を下ろした。
所狭しと並べられた創作料理の数々を目に、はあ、と再び溜息を吐く。
工夫を凝らした料理自体はそれなりに美味そうな見た目をしているのに。
なのに、だ。
一口含んで眉を顰める。
舌の上に乗せたまま、どうしたものかと考え込む。
殊更ゆっくり咀嚼して、やっとのことで嚥下した。
自然と零れる重たい溜息。何度目だろうとぼんやり思う。
見た目は上々だというのに、味は残念な出来だった。
不味くもなければ美味くもなく、野菜そのものの味がする。
まるで生で齧ったかのような風味がしかと残っているのだ。
原型は留めていないというのに、味と風味は健在で。
花白が逃げるのも無理はない。
そう思いつつも意を決し、冷めかけた料理に箸を伸ばした。
リクエスト内容(意訳)
「玄花すれ違いギャグ」
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