なんでこんなことになってるんだろう。
虚ろになっているだろう目を閉じて、はあ、と深い溜息を吐く。
正面に一人、背中に一人、少し離れてもう一人。
どうでもいいから放して欲しいと、誰にともなくそう願った。










─不安定な数字─










僕を間に挟んだままで繰り広げられる攻防戦。
揶揄するような口調に対して隠しもしない苛立ちの声。
どっちが勝とうが関係ないけど、取り敢えずここから抜け出したかった。

ここ、と言うのは他でもない。年嵩の救世主の腕の中だ。
後ろから抱き込まれるようにして、すっぽりと腕に納められている。
真正面には銀朱がいて、眉間に皺を寄せていた。

今日の分の仕事は終わっているのに。
これから遊びに行こうかと思っていたのに。
背中にへばり付いてる誰かさんのせいだ。





「いい加減に花白を放せ。仕事に戻るんだ、救世主」
「花白が一緒じゃなきゃ嫌ですー」

言うが早いか回した腕に力を込める。
肩の上に顎を乗せられ、項の辺りを相手の髪が擽った。
目だけでちらりと横を見遣ると、にっこりと笑う顔が見える。
けれどその目は笑っていない。口元だけ、上辺だけの笑みだ。

「花白を、離せ」
「……銀朱?」

骨張った大きな手が僕に回された腕を掴む。
ぎしりと骨が軋む音が、肌を通して聞こえる気がした。
相当な力が掛かっているはずなのに、背中の相手は笑んだまま。





「……喧嘩なら他所でやってよ」

げんなりと息を吐き出して、少し離れた場所に立ってる玄冬の方へ目を向けた。
困惑しきった表情で事の成り行きを見守っている。
止めてくれればいいのに、なんて都合のいいことを願ったけれど。

「タイチョーは花白のこと大好きだもんねぇ?」
「なっ」
「だから俺がくっ付いてるのが気に入らないんでしょ?」

見る間に顔色を変えた銀朱と、けらけらと笑う救世主。
この二人を、まともに相手にしようとは思わないだろうな。
僕だって出来れば避けたいくらいだもの。
玄冬を恨んだってしょうがない。





「なあ、二人とも」

コツコツと足音が近付いて、玄冬が僕の手を取った。
驚きに仰いだ彼の顔は普段どおりの静かな表情。

「花白に用がないなら少し借りたいんだが」

言うが早いか手を引かれ、救世主の腕からするりと逃れた。
呆気に取られる二人の視線が僕と玄冬を行ったり来たり。
銀朱はぱくぱくと口を動かし、救世主は薄く笑ってる。
底冷えのするような表情で、口元だけを吊り上げていた。

「邪魔をしたな。続けてくれ」

目障りだろうから俺たちは行くぞ、と。
そう言って玄冬は歩き出す。
僕は腕を掴まれたままで、自然と彼の背を追った。





「……タイチョーのせいで取られちゃった」
「なんでそうなるっ」
「タイチョーが邪魔するからだろ!?」

首を捻って振り返った先では先ほどの続きが再開されて。
仲が良いのか悪いのか、飽きもしないで攻防戦。
ぎゃあぎゃあと騒ぐ声を聞き、呆れた溜息をひとつ零した。

「災難だったな」
「……そう思うなら、もっと早くに助けてよ」
「それは悪かった。次からは気を付ける」

次なんてあって堪るものかと濃紺の目を軽く睨む。
向けられた視線が優しいから、すぐに笑顔に変えたけど。
空いた方の手で髪を撫でられ、擽ったさに首を竦めて。
背中に届く言い争いも、どこか遠くに感じられた。




何かいいことでもあったのかな。
そう思うくらいに今日の玄冬は優しくて。
内心首を傾げながらも、嬉しくなって僕は笑った。











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