声と引き替えに貰った薬は大層苦いものだった。
小瓶の中身を一息に呷り、あまりの味に咳き込み喘ぐ。
白くなっていく意識の中で、あの人の声を聴いた気がした。










―珊瑚と花と―










ふらつく足で砂浜を踏む。
うまく歩けない僕の手を、ずっと玄冬は引いてくれた。
波打ち際まで歩いて行って、素足でぱしゃんと水を蹴る。
服が濡れるのも構わずに玄冬も足を水に入れ、冷たいな、と笑みを零した。

水面に魚を見付ける度、滑るように飛ぶ鳥を見る度に、僕は口を開くのだけど。
感嘆の思いは音にはならず、ほう、と息を漏らすだけ。

「まだ、話すことは出来ないんだな」

ぽつりと零れた呟きに、はっと彼を仰ぎ見た。
苦しそうな、悲しそうな、ほんの少しだけ寂しげな目。
僕の視線に気付いたんだろう、困ったように眉を下げた。





「そんな顔をするな。責めているわけじゃない」

安心させるようにそう言って、ただ、と僅かに口籠もる。
大きな手のひら、長い指。
潮風を受けて絡んだ髪を手櫛でそっと梳いてくれる。
そのまま頬に触れられて、擽ったくて目を閉じた。

「おまえの声が、聞きたいだけなんだ」

だから気にしてくれるなと、そう言って彼は微笑うけど。
寂しそうな顔をして、絡む髪を梳いてくれるけど。





「ごめんなさい」





玄冬の裾をきゅっと握って、その胸元に顔を埋めた。
しゃくりあげそうになるのを堪えて、その反動で震えが走る。

もう一度会えればそれでいい。
泡になっても構わない。一目会えれば、それだけで。
そう思っていたはずなのに。解っていた、はずなのに。





「ありがとう」





伝えられない、伝わらない。
玄冬がくれた言葉のすべてを返したいのに返せないなんて。
なくしてしまった声を、言葉を、今すぐにでも取り戻したい。

ちゃんと、玄冬に伝えたかった。ありったけの想いを、声を。
それは叶わぬ願いだけれど。





「花白……?」

戸惑うように名を呼ぶ声が、肩を抱いてくれる手が。
温かくて、優しくて、息が詰まりそうになる。
困らせるだけだと解っていたけど、涙が溢れて止まらなかった。











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