ほんとうに、ほんの気まぐれ。
歩いていてたら目に飛び込んできて、ああ好きだろうなと思ったから。
くるくると包まれたそれを手に、彼の家へと道を急いだ。
─大切な君に─
さくりさくりと下草を踏んで、辿り着いた扉の前。
ふと足を止め鼻を鳴らして、扉に伸ばした腕を止める。
「……甘い、匂い……」
また何か作っていたのかな、と思考の隅でちらりと思った。
きゅるると鳴いた腹の虫を慌てて宥めて息を吐く。
ご飯はちゃんと食べてきただろ?
頼むから玄冬の前では騒がないでね。
空いている手を押し当てて、お願いだからね、と言い聞かせる。
気を取り直して扉を叩き、返事を待って取っ手を引いた。
玄冬がひょいと顔を覗かせて、よく来たな、って言ってくれる。
「手が離せないんだ。少し座って待っていてくれ」
「うん。あ、何か手伝おうか?」
「……、……いや、いい」
今の間は何? と訊こうかと思ったけど、素直に椅子に腰を下ろした。
手伝うつもりで面倒ごとを増やしたことが今までに何度あっただろう。
玄冬の服のあちこちに白い粉が付いていたから、きっと料理の真っ最中。
なるべく料理に関しては、手伝ってくれと言われない限り手を出さないと決めている。
何もしなければ美味しいものを真っ黒焦げにはしたくないし。
ふわふわ漂ういい匂い。少しずつ少しずつ強くなる。
カチャンと小さな音がして、目の前に紅茶のカップが置かれた。
待たせたな、と玄冬が言って、それから少しだけ口篭る。
「……菓子を、」
「え?」
「菓子を、作ったんだが」
「……お菓子……?」
ちらちらと僕の様子を見ながら、そうだ、とひとつ頷いて。
もう一度台所へ取って返して、大きなお皿を持って戻ってくる。
トン、と置かれたお皿の上にはふくふくと湯気立つ焼き菓子が。
ふんわり膨らんだマフィンがあって、きつね色したクッキーもあって。
甘い甘い匂いを前に、お腹の虫がきゅう、と鳴いた。
静かにしてろって言ったのに!
「おまえが、好きかと思って」
作ってみたんだが、と、目を逸らしながら玄冬は言った。
自信がないのか声は小さく、最後にはもぐもぐと聞こえない。
けど、どれもこれも美味しそうで、お腹の虫がまた鳴いた。
早く寄越せと訴えてるみたいに。
「じゃあ、僕もこれ」
机の下に隠したそれを、そっとそっと引っ張り出して。
包みの中を覗き込んでから、あげる、と玄冬に差し出した。
不思議そうに首を傾げる相手の手の中に押し付ける。
「玄冬が好きだと思って」
しゃんと背伸びした花が三本、くるくるときれいに包まれて。
それを見た玄冬が目を丸くして、それから柔らかく笑ってくれる。
きれいだな、って、言ってくれた。
「ありがとう」
「こちらこそ。ねえ、食べてもいい?」
「手を洗ってからな」
「はあい」
あったかい紅茶、きれいな花。
おいしいお菓子と君の笑顔。
なんて素敵なお茶の時間だろう、なんて思って小さく笑う。
玄冬が作ってくれたお菓子はどれも甘くて美味しかった。
作った本人は「甘過ぎる」と言って顔を顰めていたけれど。
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