それはある意味とても微笑ましく、けれど可哀想な光景だった。
口端に薄く笑みを浮かべ、並べられた皿に目を落とす。
見る者が見れば食欲をそそられるであろう緑色に、くらりと軽い目眩を覚えた。










―ある晴れた日の食卓―










ほら、と促す声を聞き、明後日に投げた視線を戻す。
銀器に刺さった鮮やかなそれは甘く茹でられたニンジンで。
向かう先には引き結ばれた子供の小さな口がある。

まるで雛に餌をやる親鳥のようだった。
が、雛は頑として口を開けず、ニンジンと親鳥の顔色とを見比べるばかり。

「花白」

つい、と縮められた距離。
ニンジンが唇に触れたのか、心底嫌そうに顔を顰めて。
どうにか逃げられやしないものかと四方八方へ目を泳がせた。

「……今日は食べて貰えると思ったんだがな」
「っ、」

ぽつりと零された呟きに、子供が小さく息を飲む。
その赤い目を正面から見据え、玄冬は寂しげな声を出した。





「……花白」

僅かに下がった眉尻と、悲しそうに細められた目と。
切なげな声で名を呼ばれ、花白は遂に口を開いた。
ぱくりと一口でニンジンを頬張り、二回三回顎を動かす。
きつく瞑った両の目からは今にも涙が溢れそうだった。

こくんと喉が上下して、ほう、と小さく息を吐く。
一部始終を見届けて、玄冬が満足げに頷いた。

「よく食べたな。偉いぞ」

言いながらフォークを操って、今度は緑を差し出した。
ざっと青ざめる子供を余所に、あと少しだから頑張れ、と。





「まさか全部そうやって食べさせるつもりかい?」

口元に突き付けられた野菜を前に、雛の視線がまた泳ぐ。
あたりまえだとでも言いたげな顔で玄冬は「逃げるな」と釘を刺した。

「皿が片付かないからな」

おまえもとっとと食べてしまえよ。
残した分は明日以降に持ち越すからな。





こんもり盛られた緑を示され、がくりと両の肩を落とした。
餌付けをされている雛鳥が、助けを請うような視線を投げてくる。
が、こちらもこちらで手一杯。
幸運を、と胸中で祈るのがやっとなのだ。

時間稼ぎに野菜をつつきつつ、餌付けの様を覗き見る。
嫌そうに顔を顰めながらも雛鳥は仄かに頬を染めて。
雛が野菜ちゃんとを食べれば、親鳥は柔らかな笑みで褒めてやる。
そんな二人に苦笑しながら緑をフォークに突き刺した。










野菜なんて食べなくたって、腹はとっくに膨れているよ。











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