ジリジリ、ピピピ、目覚ましが鳴る。
耳を塞ぎたくなるけたたましさに重い頭を持ち上げた。
霞の掛かった思考回路がゆるりゆるりと回り出す。
閉じてしまいそうな瞼を開けて、泣き喚く時計をぼんやり眺めた。
―早起きの理由―
時計の針を目で追い掛ける。
一秒二秒三秒過ぎて、はっと息を飲み跳ね起きた。
嵐のように身支度を済ませ、自室を飛び出し階段を下る。
朝食の並ぶリビングには二人の兄の姿があった。
もっとも一人はテーブルに突っ伏して半分以上夢の中だけど。
「おはよう花白」
「あ、おはよ。ねえ僕髪の毛変じゃない?」
「ちょっと跳ねてるけど可愛いよ」
にこりと笑った長兄が跳ねた髪を梳いてくれる。
可愛いっていうのが腑に落ちないけど今は気にする暇がない。
兄の腕からするりと逃れて廊下に置いてあるゴミの袋を引っ掴む。
ばたばたと玄関へ向かいながら、ありがと、って言葉だけを残して。
「ゴミ捨て行ってくるっ」
「飯は?」
「あとで!」
靴を履くのも鍵を外すのももどかしく、蹴破るみたいにドアを開けた。
朝の澄んだ空気を吸い込み、ゴミ捨て場までの道を急ぐ。
それほど距離があるわけでもないのに、やたらと遠く感じられた。
駆け出しそうになるのを堪えて、徐々に歩調を緩めていく。
カラス避けの網を片手に持って背を向けている相手へ声を掛けた。
「っあの、」
「うん? ああ、おはよう」
「……おはよう」
網をひょいと持ち上げて、僕の手からゴミ袋を取り上げる。
偉いな、なんて言いながら、優しい笑顔を向けてくれた。
「今日は晴れたね」
「この前は雨だったか」
「うん。土砂降り」
たったこれだけの会話なのに、走った後みたいに心臓が騒ぐ。
顔が赤くなってるんじゃないか。おかしな奴だって思われるんじゃないか。
そんな心配がぐるぐる巡った。
「じゃあ、またな」
「……うん、またね」
別れ際も呆気ない。
いってらっしゃいと振った手に、ひらりと返される大きな手のひら。
彼は駅へ、僕は家へ、背中を向けて歩き出す。
今日は少しだけ話せたぞ、なんて、そんな小さなことで舞い上がりながら。
次はもっと話せるかな。
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