ぎゃあぎゃあと騒ぐ声が聞こえた。
立ち聞きする気は更々なくとも閉じた扉の向こうまで筒抜けで。
何事だろうと首を傾げ、立ち去るべきかと迷った時だ。
不意に開く扉と、驚いたらしい見開かれる緋色。
次いで、にぃ、と笑みを向けられ、思わず半歩後ずさった。










─ナスタチュームを君に─










「ああ熊サン、丁度いいところに」

見るからに何か企んでいる笑み。
来い来いと手招かれ、訝しみつつも歩み寄る。

「……俺に何か用か?」
「ちょーっと紹介したい子がいてさ」
「紹介?」
「そ」

薄く開いた扉の向こうをその身で隠すようにして、浮かべた笑みを深くする。
伸ばされた腕に手を取られ、軽く引かれて踏鞴を踏んだ。
急に縮まった距離に息を飲み、何の真似だと軽く睨む。
相手は気にした素振りも見せず、相も変わらず悪巧む笑み。





きっと気に入ると思うんだ。
そう言いながら俺の手を引き、大きく扉を開け放つ。

弾かれたように上げられる顔と、一拍遅れて揺れる髪。
長い睫毛に縁取られた目は驚きに大きく瞠られて。
仄かに染まった白い頬は柔らかな曲線を描いていた。

「俺の妹。可愛いでしょ?」
「いもうと……?」
「そ」

俺の自慢の妹デス、と胸を張りながら言う救世主。
生憎と台詞は右から左。思考回路の遥か頭上を流れて消えて入ってこない。





案内された部屋の中、佇んでいたのは一人の少女。
人形かと見紛うほどに整った顔を不安げに歪ませて、恥らうように俯いていた。
白を基調にした服装が華奢な体躯を包んでいる。
ひらひらと柔な布地を掴む小さな手は白く、ともすれば折れてしまいそうなほど。

救世主と同じ色味の髪には小花を模した髪飾り。
僅かに身じろぐその度に、しゃらりと涼やかな音を奏でた。





「……何を、しているんだ。花白」

びくっと細い肩が震えた。
恐る恐るこちらを仰ぐ目が、戸惑うように揺れている。
隣に佇む救世主が、あーあと深い溜息をついた。
残念そうに、けれど笑顔で。

「あーやっぱり解っちゃうか」
「っ解っちゃうか、じゃないだろ!」

噛み付くように声を上げ、だん、とその場で地団太を踏む。
とてもとても可愛らしい少女。
の格好をした花白は、羞恥に顔を赤く染め、涙の浮いた目で救世主を睨んだ。

「なんでよりにもよって玄冬を呼ぶんだよっ!」
「だって何でも言うこと聞くって、そういう条件だっただろー?」
「それとこれとは話が別! 散々好き勝手させてやったろ!?」

こんなひらひらした服を着て、髪も弄られて、挙句に化粧までさせられて!
もう充分だろいい加減にしろよだいたいアンタはいつだってそうだっ!

救世主の襟首を引っ掴み、前後に激しく揺さぶり倒す。
相手がへらへらと笑い続けるものだから、怒りも収まらないらしい。





その細い肩をそっと掴んで、後ろへ軽く引き戻す。
普段よりも力加減に気を遣ったのは、きっと格好のせいだろう。
きつい視線で振り返った花白が驚いたように目を丸くする。
赤い頬を更に赤く染め、どうしたの、と掠れた声で。

「その辺にしておいてやれ」
「っでも!」
「……よく、似合ってる」

思ったことを正直に口にしたつもりだった。
けれど花白は目を丸く、それこそ零れ落ちるのではないかと思うほどに見開いて。
ふい、と顔を背けてしまう。
拗ねたように唇を尖らせ、頬をぷっくり膨らせて。

「……嬉しくないんだけど」
「そう、なのか?」
「……そうだよ」

俯いてしまった頭を撫ぜた。
ぽんぽんと軽く、髪を乱してしまわぬように。





少し離れた位置に立つ救世主が、くつくつと肩を震わせる。
何が何だか解らないが、あいつの思い通りの展開になっているようだ。
あまり良い気分ではないけれど、まあ良しとしておいてやろう。











一覧 | 目録 |