口当たりの良い甘い酒は、喉と舌とを僅かに焼いた。
どれほど飲んでも酔わぬ体質が災いしたか、甘いばかりで喉が渇く。
自然と酒を注ぐ手も止まり、空のグラスを持て余した。

ちらりと目の前に座す子供を見遣る。
酔いが回っているのだろう。
仄かに頬を赤く染め、焦点の合わぬ目で花白は笑っていた。
にこにこと、ふわふわと、とてもとても幸せそうに。










─宴の後─










空になったグラスがふたつ。
交互に見遣って、こっくりと首を傾げる。
のまないの? と投げられた問いには頷きをひとつ。

酔いが回っているのだろう。
花白の頬は仄かに上気し、その表情には締りがない。
微妙に焦点の合わない目と呂律の回らぬ喋り方。
本人は否定するのだろうが、誰がどう見ても酔っている。

「ねえ玄冬」
「何だ?」

これ以上飲ませるわけにはいかないと、傍らの酒瓶を取り上げる。
キュ、と栓をする俺の手を、どこか不満気な顔で見ていた。

飲み足りないのか。あれだけ飲んで。

脳裏を過ぎった不安を他所に、花白は再び「ねえ」と呼ばわる。
その手の届かぬ位置へ酒瓶を置き、水でも飲むか? と問いを投げた。
ふるりと振られる首、僅かに遅れて流れる髪。
置かれたグラスの脇に手をつき、ぐっとその身を乗り出して。





ふんわりと柔な笑みを浮かべ、滑らかな動作で腕を伸ばした。
普段よりも幾分か高い熱を宿した指が、頬に触れてするりと撫ぜる。

「さわっても、いい?」
「……もう触っているだろう」
「ほんとだ」

くすくすと、ころころと、何が楽しいのか笑みを零して。
頬から顎へ、顎から喉へ、華奢な手指が這わされる。
くすぐったさに顔を顰めると首に腕が回された。
低い位置にある机を挟んで、きゅう、と強くしがみ付かれる。

「っおい、花白」
「なぁに?」
「離れろ」
「えー、やだ」

俺の肩に手を置いたまま、すいと軽く身を離す。
目と鼻の先、吐息の距離に、微笑む花白の顔があった。





ふわりと漂う甘い匂い。
花白の肌から湧き出るような、そんな錯覚に陥った。
先程まで舐めていた酒の匂いなのだろう。
甘い甘い果実酒ばかりを花白は飲んでいたのだから。

僅かに開いた距離を詰め、こつん、と額を合わせて微笑う。
くすくすと肩を震わせながら。甘い吐息を吐きながら。
目眩にも似た揺れを感じ、慌ててそれを振り払う。
花白の肩を軽く押し、止せ、と少々強い口調で。

「……あまり、煽るな」

真正面からその目を見据える。
酒気にあてられ蕩けた緋色が、ゆるりと一度瞬いた。
不思議そうに首を傾げる。

あおる? って、何……?

たどたどしい口調で紡がれた問い。
緩やかに傾げられた首と、ちらりと覗いた白い肌。
理性の糸がふっつりと切れる。その音を遠くで聞いた気がした。





力を込めれば折れそうな肩を掴み、襟元から零れる肌を吸う。
びくりと跳ねる細い身体。押し退けようと胸を押す手。
その力は弱く、易々と封じてしまえるほど。

薄く開いた唇を塞いだ。
苦しげな息遣いごと口腔に残る酒気を味わう。
下し切れずに零れた唾液が唇を濡らし頬を伝った。
舌で掬ったそれすらも、酒の香を纏い酷く甘い。

「あ……や、だ……」

ふるふると首を横に振り、途切れ途切れに「嫌だ」と。
触れる手を止め、その耳元で何が嫌なのかと問うた。
涙の浮いた赤い目が、俺の姿を映し込む。
浅い呼吸を繰り返す唇が、震えながらも言葉を紡いだ。

「ここ、じゃ……やだ」

尚も嫌だと繰り返し、強請るような目で俺を見る。
熱を帯びて潤んだ赤色はぞっとするほど艶めいて。





「……解った」

伸ばされた腕を首へと縋らせ、その身を抱き上げ寝室へ運ぶ。
ぽす、と寝台に下ろしてやると花白は腕をするりと解いた。
手指を首の後ろで組んで、軽く体重を掛けてくる。

「ここなら、良いのか?」
「……うん」
「そうか」

蕩けそうな笑み、誘うような口付け。
誘われるままに身を倒し、柔な肌に唇を寄せた。











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