目に飛び込んできた光景に、気付けば呼吸が止まっていた。
次いで訪れた身体の変化は、ざわりと騒ぐ腹の底。
ふつふつと沸く粘度の高い感情の波を、何と呼ぶのか俺は知らない。
─黄薔薇の棘─
艶やかな桜の髪が揺れる。
焼きつくほどの鮮やかな目が、不機嫌そうに細められた。
睨む先には良く似た顔。
年嵩の救世主を、射殺さんばかりに花白は睨んだ。
「ちょっ、どけって!」
「やーだーもっと遊ぶのー」
「っいい歳して何言ってんだよ!」
背に張り付いた相手を振り払おうと小さな身体を大きく揺らす。
顔を真っ赤に染めながら、花白が声を荒げていた。
傍から視れば仲の良い兄弟としか映らないであろうその光景。
だのに、ざわざわと腹の底が喧しい。
「あ、」
不意にこちらを捉えた目が、にぃ、と意地悪く細められる。
あまり良い感じのしない目だった。
どこか悪戯を思い付いた子供のような、背中に刃物でも隠していそうな目。
「熊サン見っけ」
「えっ」
ひそり、耳元に囁かれた言葉。
驚きに瞠られる花白の目が周囲を彷徨い俺を見る。
慌てたように口をぱくぱくさせ、玄冬、と俺の名を呼んだ。
ぽつりと灯る感情の名は、口にすることも躊躇うもので。
未だざわめく感情の名には、知らない振りを通していた。
眉間に寄った皺を自覚しつつ、靴音も高く歩み寄る。
大きな赤い目が零れんばかりに、ぱちぱちと瞬く花白と。
その背中にべったりとくっついて、獲物を見る猫のように目を細める救世主と。
なぁに? と首を傾げながら、救世主は腕の力を強める。
花白を抱き締める腕を。
「……悪いんだが」
「んー?」
「花白に用がある。離してくれないか」
赤い眼が、揺れる。
どこか不安げに俺と救世主とを交互に見遣る花白の視線が行ったり来たり。
その柔な髪に鼻先を埋め、くすりと小さな笑みを零す。
妖艶とすら言える表情を浮かべ、緩やかに答えを口にした。
「ヤダ。って言ったら?」
「……」
ざわり、腹の底が波立つ。
湧いた感情は血流に乗り、全身隈なく運ばれて。
気付けば救世主の腕の中を掴み、その拘束が緩んだ隙に花白の手を引いていた。
意外そうに見開かれる赤色と、戸惑いに丸くなる赤色と。
何よりもその行動に驚き、内心で慌てふためく自分がいて。
「……悪いな」
「え。あっ、ちょっ……玄冬……!?」
そのまま花白の手を引いて、足早に場を後にした。
背中に刺さる赤い視線と、くすくすと零される笑みに追われながら。
小走りについてくる花白が、ねえどうしたのと問いを投げる。
赤くなっているであろう顔を見られるわけにはいかず、なんでもない、と短く返した。
ああ、まったく。
空いた方の手で額に触れ、掛かる前髪をくしゃりと握る。
溜息と共に貼り付けたのは、自嘲の色濃い苦い笑み。
あんなことで嫉妬するとは、まだまだ自分も青いものだ、と。
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