じりり、じりりと距離を詰める。ぶつかる視線は逸らさない。
たじろぐように後ずさるのは僕ではなくて玄冬の方だ。
両手で抱いたそれを差し出せば、びくりと彼の肩が震える。
ふにゃりと柔なその塊は、小さく身じろぎ「にゃあ」と鳴いた。
─上手な抱き方、抱かれ方─
玄冬の背中が木にぶつかった。
はっと振り返るその表情が焦りの色を濃く滲ませていて。
普段見ることのない顔だったものだから、珍しいな、と目を丸くする。
「玄冬ってさ、」
「……なんだ」
ちらちらと視線を向けはするけれど、完全に腰が引けていた。
僕と猫とを見比べつつも、未だに逃げ道を探してる。
玄冬らしくない振る舞いだった。おもしろい、とこっそり思う。
彼には悪いけど。
「猫、嫌いなの?」
「……、……嫌いじゃあ、ない」
たっぷりの間を取った返答。咄嗟に逸らされた両の視線。
信じろって言われたって、こればっかりは無理な相談だ。
それとも誤魔化せていると思ってるのかな。
「じゃあ、はい」
「……っな、んだ……」
「嫌いじゃないなら抱っこ出来るでしょう?」
猫の両脇に手を入れて、ひょいと抱いて差し出してみる。
ぶら下げられた後ろ足が、ひょこりひょこりと空を掻いた。
「ほら、玄冬」
半ば無理矢理落ち着けるようにして、玄冬の腕に猫を抱かせる。
緊張しているのが目に見えて解るくらい、彼の動きはぎこちなかった。
猫の一挙手一投足にも過剰なまでの反応を見せる。
どうしたらいいのか解らないとでも言いたげな玄冬に対して、猫の方は落ち着いたもの。
二本の棒と化した玄冬の腕を四本の足で踏み締めて、器用にもちゃんと抱かれてる。
それでも抱かれ心地は悪いらしく、不満気な顔で小さく唸った。
「花、白」
「なぁに?」
「……嫌がっている」
「そうかなぁ」
笑みを殺して首を傾げる。
困り顔の玄冬に抱かれたままで、猫が「にゃあ」と小さく鳴いた。
もそもそと忙しなく動いているから、本当に抱かれ心地が良くないみたい。
「……花白……」
頼む、と続いたその一言で、仕方がなしと腕を伸ばす。
玄冬がホッと息を吐くのと同時、猫もコロコロ喉を鳴らした。
さっきと態度が全然違う。ほんの少し足踏みをして、それきりほとんど動かない。
時々喉を鳴らしはしても、不満気に唸ることもなかった。
「そんなにバカトリが食われかけたことがショックだったの?」
「……いや、それは……」
「違うの?」
大人しく抱かれていてくれる猫の額を撫でながら問う。
頬のひげのあたりに触れたら、くすぐったいのか前足で押さえられた。
ざらりと温かな舌で舐められ、軽く指先を甘噛みされる。
珍しく口篭る玄冬の手が、恐る恐る猫へと伸びた。
耳の先の毛に触れて、そっとそっと額を撫でる。
仄かに頬を赤く染めて、もごもごと不明瞭な声で告げられた。
「柔らか過ぎるんだ、こいつらは」
「……へ?」
素っ頓狂な声をあげたら驚いた猫が顔を上げた。
不思議そうに首を傾げて、それから玄冬の指を見る。
鼻筋を撫でられ、目を細めて、彼の指先をぺろりと舐めた。
「不用意に触れたら、その、壊してしまうんじゃないかと、」
ぼそぼそ、もごもご、紡がれる。
目線は完全に猫だけを見ていて、指を噛まれて丸くなった。
慌ててその手を引っ込めるけど、じゃれつく前足に叩かれている。
ああ、だから。
「だから、苦手なんだ……?」
「……ああ」
離れていった玄冬の指を、じっと狙う猫の脇に手を差し入れた。
向かい合うように持ち上げると、ぶらりと後足が浮かんで揺れる。
鼻先を突き合せるみたいにして、くすくすと小さく笑いながら。
「嫌いじゃないって。よかったね、おまえ」
複雑そうな玄冬を他所に、猫は笑ってにゃあと鳴く。
あまりに彼らしい理由だったから、なんだか嬉しくなってしまった。
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