世界の終わる音がする。
それはとても小さくて、ともすれば溶けてしまいそうな、ほんの微かな悲鳴の渦。
高く、低く、響いて揺れて、けれど消えることはない。

身体が小刻みに震えているのは単に寒いだけじゃない。
押し潰されて、しまいそうなんだ。
悲鳴が、ひめいが、おしよせてくる。










─六花の檻─










「……寒いな」

ぽつり、零れた呟きは、どうやら僕に向けられたものらしい。
緩慢な動作で顔を上げると、深い深い青色がある。
少しだけ細めて、眉を寄せて、大丈夫か? って、心配そうに。

「大丈夫だよ。あったかいから」
「震えてるぞ」
「え? そう、かな」

やっぱり寒いんじゃないかって、呆れたような困ったような顔をして。
僕を抱き締める腕に力が込められた。
まるで親鳥が雛を抱くみたいに、柔らかく、でも離れないように強く。





玄冬は何も知らないんだ。
何も知らないまま、終わってく。





太い鉄格子の嵌められた窓が雪に埋まってどれくらい経っただろう。
いま外に出ても動けやしない。
外に出られるかどうかさえ、もう解らない。

きっと一面真っ白で、どこまでもどこまでも白だけしかなくて。
きれいなんだろうなって、ぼんやり思う。
もしかしたら扉は雪で開かなくなっているのかもしれないのに。

これでいいのか、なんてことは、もう考えることもしなかった。
ただ、ただひとつ、ひとつだけ。たったひとつ、心配なのは、





「ね、さむくない?」
「……平気だ」
「鼻、赤いよ?」
「おまえこそ」

ぽつり、ぽつり、交わす言葉と、寄り添い触れる体温と。
あたたかいのに、心が寒い。
悲鳴が聴こえるんだ。耳を塞いでも、止まないんだ。

「……ない……」
「うん?」
「……こうしてれば、寒くないね、って……」
「そうだな」

知らずに漏れた独り言を必死になって誤魔化して。
曖昧な笑みを向けて、玄冬の首に腕を回した。
いま顔を見られたら、きっと心配させてしまう。
泣きそうな顔、ああもしかしたら涙が浮いているかもしれない。





僕は間違ってなんかいない。
何度も何度も言い聞かせた言葉。
間違ってるのは世界の方だ。
刻むように、繰り返し、繰り返し。





「だから玄冬は死なせない。……絶対に、殺さない……」





ぽしゃん、と儚い音がした。
格子の窓から零れた雪が、石床に落ちて崩れた音。
溶けることもなく白を散らして、それはまるで花のように。

玄冬が好きだと微笑んだ、春に咲くあの花のように。

「止まないな、雪」
「……うん」
「花白?」

さむい、のかな。よく解らない。
身体の震えが止まらなくて、止められなくて。
どうしたらいいのか解らなかった。





僕の名前を呼ぶ声が酷く遠くから聞こえるようだった。
すぐ近くに玄冬はいるのに。
この腕は、手のひらは、指先は、玄冬に触れているはずなのに。

はず、なのに。

「……くろと……」

どうしてだろう、ふわふわするんだ。
君の身体をすり抜けてしまう。君に、触れられなくなってしまう。
解っていたのに。ひとつだけ、ひとつだけ。君をひとりにしてしまう。

ひとりはこわいのに、ひとりは、いやなのに。
いまになって気付いても、もうおそいのに。手遅れ、なのに。





必死になって身を引き剥がし、最後に映した彼の目は、










迷子になった子供みたいな、かなしいかなしい色をしていた。











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