偶然か、必然なのか。そんなことは解らない。
世界は俺を受け入れてくれた。
余所者に過ぎないこの俺を。

幸せなはずの世界に身を置き、小さくはない蟠りを抱く。
嘗ての世界に想いを馳せつつ今いる世界を甘受する。
作り笑顔の仮面の下から矛盾が滲むような気がした。










―異端に捧ぐ前奏曲―










暗くて狭くて涼しいところ。
そういう場所が好きな方なのさ。

おどけるように肩を竦めた黒鷹サンの台詞を思い出す。
俺の肩に頭を預けて寝息をたててる相手を見遣り、はあ、と深い溜息を吐いた。
事実その通りだったな、と。

この世界を作ったカミサマがこんな場所で寝こけてるなんて。
叱りつける気も失せるような油断しきった表情でさ。
動くに動けず息を吐き、視線をぼんやりと前へ向けた。





下へ下へと続く石段。背中には閉じた扉がある。
俺の記憶に誤りがなければ、石段の先には地下室があるはずだ。
黴と埃の臭いに塗れ、半ば塞がれた空間が。
どこまでも続く暗闇の中を探索した日を思い出す。
幼馴染と潜り込み、遊び場にしていた秘密の部屋を。





浮かび掛けた思い出を払い、打ち消すように目を閉じる。
不覚にもツンと鼻が痛んで、視界が僅かに滲んだから。

「何を見ている」

不意に響いた声に驚き、びくりと大きく肩が震えた。
恐る恐る目玉を動かし寝ているはずの相手を見遣る。
菫水晶を嵌め込んだ目が眠気を滲ませ俺を映した。
ゆるりと瞬くその度に、深く浅く色を変えて。

肩の重みが不意に離れる。
逆向きに首を傾げると銀色の髪がさらさら鳴いた。
冷たい水の流れのように。

「何を見ている」

繰り返された問い掛けに、にっこりと笑みを浮かべて返した。
眠そうなカミサマを見ています、と。
不満そうに鼻を鳴らして、カミサマは再び瞼を下ろす。
耳に忍び込む小さな寝息に自然と頬が緩むのを感じた。





感謝を、するべきなのかもしれない。
この世界を作ったカミサマに。
素直に喜ぶことは出来ないけれど。

少なくとも、今は幸せだから。
あいつがいなくても、笑えるから。

俺の肩に頭を乗せて寝こけてる相手には言ってやらない。
ありがとうなんて、言わないけどね。











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