目耳は辛うじて現実に置いたが思考は完全に上の空。
すぐ目の前ではテーブルを挟んで何やら言い合う友人ふたり。
一人は額に青筋を浮かせ、一人は人を喰った笑み。
同じ場にいながら蚊帳の外であるこんな状況には慣れっこだった。
故に思考はふわりとさまよい、あらぬ方向へ突き進む。
白熱している二人を余所に、頬杖を突き息を吐いた。
―空想像―
ちらりと見遣った隣の席には整った顔立ちの男が一人。
鴇色の髪は艶やかに、緋色の眸はきらきらと。
陶器のような滑らかな肌は仄かな朱色に染まっていた。
ああ似ているなとぼんやり思う。
今この場にいない年下の友人を知らず知らず重ね見た。
月白と花白は兄弟なのだから似ていてあたりまえなのだけれど。
ぼんやりと物思いに耽る中、聴覚は律儀に働いて。
いい加減にしろだの何だのという棘を含んだ声を聞く。
けれど聞こえぬフリをして、再び意識は彼方へ飛ばした。
真面目に取り合うだけ無駄なのだと知っているから、だ。
最後に花白と会ったのはいつだろうかと記憶の糸を手繰り寄せる。
あれは確か先週末……高等部の、文化祭で……
今にも泣きそうな顔をして、なんで来たの、と花白は言った。
メイド喫茶の看板を前に、際どい裾を手で押さえながら。
銀朱は両目を大きく見開き、慌てたように視線を逸らす。
月白は満面の笑みを浮かべて写真を撮ろうと弟に迫った。
が、ふざけるな! と一蹴され、回し蹴りを鳩尾に。
ひら、と翻るスカートの裾から白い脚がちらりと覗く。
慌てふためき止めに入った銀朱の頬が赤かった。
あれは気のせいであるはずかない。
兄である月白と張り合えるくらいに、彼は花白に甘いから。
するりするりと芋蔓式に次々記憶が呼び起こされる。
ふ、と小さく零した笑みに友人ふたりは気付かない。
思考の淵から意識を戻し、再び隣の男を見た。
花白と良く似た整った顔立ち。ほっそりとした、しなやかな身体。
重ねて見るのはあの日の花白、もとい、彼の着ていた衣装だ。
黒を基調に作られたワンピースと、ひらひらとしたエプロンと。
膝上5センチは常識とばかりに惜しげもなく晒された細い足。
要所要所にあしらわれたフリルが可愛らしさを強調していた。
オプションで猫耳、尻尾付き。お望みとあらばウサギ耳もアリ。
そんな謳い文句を思い出し、よくやるものだと苦笑した。
悪戯好きの兄のせいで花白はウサギ耳を付けられていたけれど。
本人は心底嫌そうな顔をしていたが、あの格好は良く似合っていた。
恐らく月白にも似合うことだろう。彼ならば嬉々として着るかもしれない。
そう思いながら半ば目を伏せ、温い紅茶に口をつける。
と、
「あーもういいよ! 銀朱なんか知らない!」
すぐ隣から響いた声に意識も何も攫われた。
何事だろうと目を向けようとし、不意の接触に思考が止まる。
「俺には熊サンがいるからいいもん。ねー熊サン?」
左の腕に絡められたのは白く細い相手の腕で。
にっこりと笑みに細められた目と、すり寄るような甘えた動作。
そこにうっかり重なったのが、先程浮かべたメイド服、で。
「っ、」
「え? ちょっと熊サン!?」
飲み損なった紅茶に噎せて、げほごほと咳を繰り返す。
慌てて背中をさする友人に、大丈夫だと必死で告げた。
心配そうに覗き込む姿すら、メイド服付きで見えるだなんて。
落ち着けと自らに言い聞かせ、誤魔化すように紅茶を煽った。
リクエスト内容(意訳)
「むっつり玄冬の脳内でメイド服を着せられているとも知らず銀朱の気を引く為に抱きついてみちゃった未来救」
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