くしゃりと頭を撫でる手も、耳に馴染んだ呼び声も。
どちらもとても大切だから、泣きそうなくらい、愛しいから。
だから笑顔で嘘を吐く。笑いながら、知らんぷり。
─偽りの永続─
ぺったりと判を捺すことに飽いて、頬杖をつき目を閉じる。
窓の向こうは良い天気で、太陽が燦々と照っていた。
こんな日に外へ出られないなんて、と苦々しく思いながら山と積まれた書類を睨む。
睨んだところで嵩が減ったりはしないんだけど。
「疲れたのか?」
問い掛ける調子のその声が、僕に向けられて投げられたものだと気付くまでに時間が掛かった。
はっと頬杖から顎を外し、声の出所へ顔を向ける。
トントンと書類の端を揃えて、玄冬が再び「疲れたか?」と問うた。
呆れたように半ば目を伏せ、銀朱が溜息をひとつ吐く。
「少し休むか。なあ、隊長?」
「……それもそうだな」
「えっ、あ、ごめん」
「気にするな」
コト、とペンを置く音がする。
茶でも淹れようと席を立つ玄冬と、頼むと応える銀朱が微笑った。
こんな風に笑い合える日が来るなんて、あの時はちっとも思っていなかったのに。
朱肉に蓋をし判子を置いて、ウンとひとつ伸びをする。
強張った身体が少しずつ解れていく、何とも言えない心地よさ。
首をぐるりと回した拍子に、コキ、と小さく骨が鳴った。
「ほら」
「あ、ありがとう」
「隊長も」
ほっこりと湯気の立つ温かい茶器を手に、一口啜って息を吐く。
柔らかな甘さに顔を綻ばせ、ちらりと幼馴染を窺った。
甘いものが苦手であっても茶葉本来の甘みならば大丈夫らしい。
傍から見たら何の感慨もなく飲み下しているように映るだろうけど、少しだけ表情が和らいでいた。
お茶を半分くらい残して、腕を枕に机へ伏せた。
暗くなる視界に瞼を下ろし、深い呼吸を繰り返す。
疲れを訴え続ける両目が、じくりと沁みるような熱を宿した。
このままでは寝てしまうかもしれない。
薄れゆく意識の水底で、そんなことをぼんやりと思った。
早急に沈む思考の片隅では、ああ起きなければと足掻いたけれど。
「……寝た、のか?」
「らしいな」
遥か頭上で遣り取りされる密やかな声に止めを刺された。
眠りの淵にストンと落ちる。
ふわりと肩に受けた刺激は、恐らく上着を掛けられたから。
内容までは解らないけれど遠くで繰り返される遣り取りが聴こえた。
向けられる視線だとか、掛けられる言葉だとか、撫ぜてくれる優しい手だとか。
二人から貰っているものは、とてもじゃないけど数え切れない。
決して真っ直ぐにではないけれど、向けられる好意は嬉しかった。
嬉しかった、から。
くすぐったくて、嬉しくて、けれど同時に酷く苦しい。
どちらかなんて選べるはずがないのに。
選ぶ、なんて。
そんなこと、出来るはずがないのに。
だから知らぬ振りをする。
気付かぬ振りで笑ってみせるよ。
今がずっと続くなら、僕は何度でも嘘を吐く。
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