そっと腕を持ち上げて、月の光に翳してみる。
淡い光を遮るはずが、仄かに肌が透けるよう。
指の先、爪の辺りから、徐々に徐々に消えていく。

引き戻した手を握り締め、胸のあたりに抱え込んだ。
信じられない。信じたくない。
首を振っても現実は変わらず、ぽろりと一粒涙が落ちた。










─手のひらの記憶─










初めは小さな違和感だった。
ピリピリと痺れているかのように指先の感覚が遠くなる。
両手のひらを握って開いて、滑らかに動くことに首を傾げて。
腕を敷いて寝ただろうかと記憶を巡らせるだけだった。

ある朝、眩しい日の光を受け、眠い目を守ろうと翳した手のひら。
その時はじめて異変に気付いた。
指先にある血の巡りではなくて、陽光そのものが透けている。
ぼんやりとした赤ではない、白く澄んだ光が零れて。

愕然とした。信じられなかった。
慌てて指を検めたけど、触っても何の異常もない。
透けてはいても触れたし、指先が欠けているわけでもなかった。





だから、知らない振りをした。自分で自分を誤魔化した。
いつものバグだと言い聞かせ、すぐに治ると思い込ませて。
誰にも言わず、悟らせず、騙し騙しやってきたのに。
なのに、





「……どういう、ことだ……これは……」

俺を起こしに来たタイチョーに、偶然この手を見られてしまった。
慌てて隠そうとしたけれど、腕を取られて引き摺り出される。
窓から差し込む眩い朝日、指の先が、すう、と透けた。

ひゅっと彼が息を呑む。
あたりまえだ、俺だって驚いたんだもの。

返して、と小さく頼んだら、腕を掴む手に力が篭る。
痛くはない、けど、外れないくらいの強さで。
輪郭の朧な指先に、一回り大きな手が伸びる。





やめて! と小さな悲鳴を上げるのと、蒼い目が見開かれるのはほぼ同時。
腕を掴む手から力が抜ける。
支えを失った俺の手は、そのままぱたりとシーツに落ちた。

タイチョーの指は触れられなかった。
朝陽と同じように俺の手を擦り抜けてしまった。
ああ、彼にだけは知られたくなかったのに。

「……もう、ね。ほとんど感覚がないんだ」
「なっ、」
「ねえ、どうしてだろう。どうして、こんな」

きらきらとした朝陽に透ける、触れられもしない俺の指。
その手を取って握ってくれるけど、それすら感じられなくて。





「白梟殿に相談は、」
「……してない」
「っ、今からでも遅くはない、行くぞ!」

身支度を整えられ、隠すように手を握られた。
いつもは廊下を知るなと煩く言う癖に、今日は自分が小走りになって。

でもね、タイチョー。分かるんだ。
もうじき俺は消えちゃうってこと。
誰にも言わなかったのは、信じられなくて、怖かったから。
もっと早く打ち明けていたら、間に合ったのかもしれないけれど。

「……ねえ、」
「なんだ」
「手、離さないでね……?」

握られた感触は分からなくても、嬉しいなって思うんだ。
いつもは触れようとしないから、こんな時なのに幸せなんだ。
だから、だから、離さないでね。





想いの欠片を言葉に託すと、蒼い眸に睨まれた。
握る力が強まったことを彼の腕に走る緊張で知る。

「あたりまえだ! 死んでも離してやらんからな!」

きっと彼は必死になって、治す方法を探すだろう。
治らないと言われても、最後まで諦めてはくれないのだろう。
ああ、けれど俺は嬉しくて、治らなくて良いと思ってしまう。
それを知ったら彼は怒るから、黙ったままでいるけれど。





この手の最後の思い出が、彼の手ならば本望だ。










リクエスト内容(意訳)
「切ない銀救」

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