やさしくしないでと言ったのに、それは無理だと切り捨てられた。
肌に触れる手も紡がれる言葉も、こちらを気遣うものばかり。
何をするにも声を掛け、頷かなければ動いてもくれない。

掠れた低音で名を呼ばれ、弾けた意識は白から黒へ。
朧な思考にぽつりと落ちた、この感情は何だろう。










―爪痕―










弛緩した身体を重ね合わせて荒い呼吸を繰り返す。
離れようとする相手の背中に腕を回して力を込めた。
戸惑う顔がすぐ目の前に、どうしたと掠れた声が問う。

逸らした視線、俯いて。顔は上げずに首を振る。
なんでもないと態度で示し、首元にきゅうとしがみ付いた。

「月白?」

名を呼ぶ声が鼓膜に沁みる。
見当違いに寒いのかと問い、剥き出しの肩をシーツで覆ってくれた。
そんな気遣いが嬉しくて、けれど素直に喜べない。

腕の力を少しだけ緩め、上目遣いに相手を見る。
伸ばされた腕、皮膚の固い指先。
目元に触れるその手つきは壊れ物にでも触れるみたい。

くすぐったいよと目を細め、彼の手のひらをやんわり握る。
ことんと首を傾げてみせて、上辺の笑みで囁いた。





「あんまり優しくしてくれるから、離れるのが嫌になっちゃった」

言って再び擦り寄れば、馬鹿を言うなと叱られて。
けれど押し退けたりはせず、声音はどこか甘かった。
真っ赤になった顔を見て、照れてる、なんて小さく笑う。

煩い黙れさっさと寝ろ。
腕を枕に抱き込まれ、相手の顔が見えなくなる。
それでも触れた肌から伝う心臓の音の速いこと。
まだ高いままの体温に、眠気が誘われ目を閉じた。

動かなくなった俺を見て、どうやら寝たと思ったらしい。
湿気た髪に手が触れる。そうっと指が通される。
撫ぜたり梳いたりを繰り返し、ふ、と微かに息を零した。

微笑っているのかもしれない。
確信なんか持てないけれど、なんとなく、そんな気がした。





やさしくて、優し過ぎて、息が詰まってしまいそう。
いっそ酷くしてくれたなら、こんな風には思わないのに。
ずっとずっとこうしていたいと、願うことなんてなかったのに。

喪失の痛みを知っているから、現実の脆さを知っているから。
もっともっとと求めることが、どれだけ辛いか知っていたのに。
重ねた肌から生じた熱も、いずれ冷えると解っているのに。

だから別離が恐ろしく、せめて記憶に留めようと思った。
彼の声を、手の感触を、見聞きし触れたすべてのことを。

頭が忘れてしまっても、身体で覚えていられるように。
痛みで刻んだ記憶なら、忘れないはずだと思い込んだ。
そう信じて、それに縋って、だからあんなに頼んだのに。





小さく呻いて身じろぐと、髪を梳く手が動きを止める。
そのまま寝たふりを続けたら、ほう、と安堵の息を吐いて。
柔に微笑む目尻だとか、僅かに上向く口角だとか。
見えないものばかりを頭に描いて、温かな肌に身を寄せた。










リクエスト内容(意訳)
「初夜後 コメディ調→切なく」

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