朧な意識が浮上して、見遣った窓には朝の気配。
起き上がろうとした矢先、くん、と軽い抵抗感。
寝間着を握った小さな手に、はたと両目を見開いて。
辿る視線のその先に見知らぬ子供の寝顔があった。
―はじめまして、さようなら―
昨夜は確か山の書類に追われ追われて日付を跨ぎ城の別室で休んだはずだ。
なぜかそこにいた救世主を追い出す気力も尽き果てて寝台の隅へ押し遣るに留めた。
嬉しそうに微笑んで擦り寄る姿に溜息ひとつ。
そのまま寝入ってしまったはずだった。
だのに救世主の姿はなく、代わりに眠る子供がひとり。
鴇色の髪や容姿から、はなしろだろうかと思いもした。
けれど彼の子供は昨日の昼から群へ遊びに行っている。
帰りは今日の夕方だと、出掛けに本人から聞いたのだ。
改めて寝台に目を落とすと子供の寝巻きはぶかぶかだった。
大きく開いた襟元からは細い首が覗いている。
どこか見覚えのあるそれは、昨夜救世主が着ていたもので。
ぐるりと嫌な予感が過る。
いやまさか、と思いこそすれ、打ち消すことは出来ず仕舞い。
呆然としながら名を呼ぶと、子供は小さく身じろいで。
ゆるゆると開かれる眠そうな目が、きょとりと瞬き見開かれた。
「……だれ……?」
十を数えてはいないだろう子供の高く澄んだ声で問われる。
それから周囲を見回して、不安げにこちらの顔を仰いだ。
小さく呼ばれた聞き慣れぬ名と、じわり滲んだ赤い目と。
ひくりとしゃくりあげる声を聞き、事の真相など投げ捨てた。
バグだろうねぇ。と呑気な声に、怒りを通り越して力が抜ける。
腕に抱いた子供の目には未だ涙が光っていた。
ぐずぐずと鼻を鳴らしながら、やはり不安げに目を彷徨わせる。
泣きじゃくる子供を宥め賺して二羽の鳥へと引き合わせた。
白の鳥を見るや否や、彼はぴたりと泣き止んで。
落ち着きを取り戻す姿に安堵したのも束の間、今度は俺から離れない。
細い腕をおずおずと伸ばし、抱き上げてやると嬉しそうに笑って。
長じた姿からは想像もつかないが、随分な甘えたらしかった。
「ねえ、」
「なんだ」
「……お名前、教えて……?」
恐る恐ると言った様子で、躊躇いがちに投げられた問い。
名を伝えると綴りを訊かれ、小さな手のひらに指を走らせた。
くすぐったそうな笑い声が何度も名前を呟き転がす。
それからぱっと顔を上げ、丸い両目で俺を見た。
「銀朱は銀閃の親戚のひと?」
「……おまえの、幼馴染か」
「うん」
懐き始めた子供の口から、紡がれ零れる幾つもの事実。
月白という馴染んだ名前。次の春で九つになるということ。
仲の良い幼馴染がいて、それが俺に似ているらしい、ということ。
「名前もお顔もそっくりだし、髪の毛や目の色もおんなじだよ」
そう言って首元にしがみ付く。
幼い頃の花白に似て、けれど少し違った子供。
見慣れた姿の月白からは聞くことの出来なかった様々な事柄。
ひとつふたつと知る度に、心に澱が生じるよう。
「だからね、銀朱とおともだちになれたら嬉しいなぁって、思うんだ」
おともだちに、なってくれる?
ことりと首を傾げつつ、小さな声で問い掛けられて。
不安げな子供の髪を撫でながら、あたりまえだろうと答えてやった。
夜になっても彼は戻らず、小さな月白と並んで眠る。
お話をしてとせがむ声も、屈託のない幼い笑顔も、見慣れたものではないけれど。
時折垣間見える彼の面影に言い様のない焦燥を覚えた。
花白ともはなしろとも違う、もうひとりの救世主。
唯一この目で見ることの叶わなかった幼い時分の彼の姿。
可愛らしいと思う。守りたいとも、愛しいとも。
けれど彼ではないのだと、そう思ってしまう自分がいて。
それを酷く厭わしく感じ、その夜はあまり眠れなかった。
朧な意識が浮上して、見遣った窓には朝の気配。
起き上がろうとした矢先、くん、と軽い抵抗感。
寝間着を握る手の存在に、はっと両目を見開いた。
辿る視線のその先に、見慣れた相手の顔がある。
束の間止まった息を吐き、柔らかな鴇色の髪を梳いた。
小さく小さく名を呼べば、相手は僅かに身じろいで。
眠そうな目がゆるゆる開き、きょとりと瞬き薄く笑った。
リクエスト内容(意訳)
「ちっちゃくなっちゃった未来ちゃん(8歳)」
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