ばたばたと店内に駆け込んで、その涼しさに息を吐いた。
ここには真夏のぎらつく太陽光も蝉の喚く声も届かない。
天国だ、と呟く声に、心の中で頷いた。










─カリキュラム─










飲み物の乗ったトレーを押し退け、各々開いた参考書。
広げたノートを遮る腕が、ポテトをひょいと摘んでいった。

「……おい」
「なぁにー?」
「塩が散るだろう」
「え。あー、ごめん」

ぱたぱたとノートの塩を払い、ごめんね? と上目遣いに。
指に付いた塩を舐め、紙ナプキンで軽く拭う。
見慣れた仕草であるはずなのに、ほんの少しどきりとした。





「なあ月白。ここ解る?」
「えーと……ああ、そこはね、」

この公式を使って、その数字を代入して……。
そう説明する合間ですら、笑顔を絶やすことはなかった。
クラスメイトが考え込むと急かすことなく待っている。
答えを教えてしまうのではなく、さりげなくヒントを出してやって。

「ほら、ね? 出来たでしょ」

導き出した正解には、満面の笑みで応えてやる。
間違えていても叱ったりはせず、もう一度、と根気よく。
そんな彼だから教え方が上手いと評判になるのは当然のことだった。
こうして勉強会を開くのも、今回が初めてのことではない。





「あ、ねえ銀朱」

一段落ついたらしい月白に呼ばれ、ノートに落とした目を上げる。
その上に重ねられた参考書、ツイと伸びた白い指。
ここなんだけど、と遠慮がちに、けれど真っ直ぐ向けられる視線。

「これくらい自分で解けるだろう?」
「解けなかったから訊いてるの」
「……分かった。来い」
「ありがと」

ガタガタと椅子を引き寄せて、二人で向き合う応用問題。
ノートに走る数式を赤い両目が追っている。
公式、数列、ちょっとした解説。
走り書きに過ぎない文字が、白い紙を埋めていく。





「で、こうだ。分かったか?」
「んーイマイチ」
「……一度自分で解いてみろ。それで分からなかったら、もう一度来い」
「はぁいセンセー」

へら、と笑って席を立ち、再びガタガタと椅子を動かして。
問題に向かう表情は、普段と違う真剣なもの。
行き詰まると口を尖らせて、くるりくるりとシャープペンを回す。

その手が止まるのも時間の問題だろう。
ああ見えて頭は良いのだから。

ふう、と小さく息を吐き、自分のノートに目を落とす。
解きかけで置かれた数式がひとつ、隅の方に鎮座していた。










リクエスト内容(意訳)
「クラスメイトとファーストフード店で勉強会。本当は頭良いけど教えてもらう救」

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