遠く微かな話し声を耳に、銀朱はその場で足を止めた。
聞こえてくるのは耳慣れた声、笑っているのか時折高く。
知らず知らず零れた溜息、はっと気付いて顔を顰めた。
談笑の中心にいる子供を想うと、どうしようもなくただかなしい。
―空虚―
あはは、と笑う声近く、再び銀朱は足を止めた。
思った通りの人だかりの中、鴇色の髪がふわりと揺れる。
団員に囲まれ笑う姿は歳よりうんと幼く見えた。
ふとその緋色がこちらを捉え、ぱちりと瞬き丸くなる。
見る間に笑顔を花咲かせ、弾ける声で名を呼んだ。
「銀朱!」
その声に釣られた幾対もの目が一斉にこちらへ向けられる。
部下達は皆姿勢を正し、隊長!と口々に俺を呼んだ。
白い手のひらに招かれるまま、回廊を歩み輪の中へ。
中心に座る鴇色の子供は、にこにこと楽しげに笑っていた。
「あのね、皆とお話してたの」
「何の話だ?」
「えっとね、銀朱にはないしょ!」
くすくすと小さく笑いながら、部下達と顔を見合わせて。
ねー、と首を傾げる様は、まるで幼い子供のよう。
部下は揃って笑顔を浮かべ、そうですね、と頷き返す。
子供の悪戯を微笑み見守る年長者の目が幾対も。
繰り返される密やかな笑みと、輪唱のよな言の葉と。
それらが何故か琴線を掻き、腹の底をざわめかせる。
断ち切り遮らんとするかのように、部下達へ向けて言葉を投げた。
表面上は苦笑を浮かべ、叱る様を繕って。
「おまえ達は持ち場へ戻れ。遊んでばかりもいられんぞ」
「えー」
楽しげな輪を崩してしまうと、子供は不満げな声を上げる。
ぷくりと頬を膨らませ、紅い両目で俺を睨んだ。
散り散りに去っていく団員の背を、ちらちらと追う視線が痛い。
その鼻先に手を差し伸べると、きょとんと緋色が瞬いた。
取ろうか取るまいかと惑う手に向け、促す言葉をするりと紡ぐ。
「おまえも、仕事だ」
添えられた手を緩く握り、立ち上がるための手助けを。
衣服に付いた埃を払う間に、幼い問いが投げられる。
「はんこ、ある?」
「ああ、山ほどな」
ほんとに? と返す声音は弾み、一対の目は輝いて。
歳より十は幼く見える相手の言動に心が軋んだ。
本心を隠し偽り続ける上辺ばかりの笑顔は消えた。
いま目の前にあるものは、無垢で真白い純真な子供。
何の躊躇いもなく俺の名を呼び、どこまでも澄んだ表情で笑う。
それを見る度に生じる違和感、これは誰だと問い問われ。
自問自答の末にあるのは必ずひとつの解でしかなく。
それは到底認められるものではなかった。
見目その姿はそのままに、幼い心が宿ったなどと。
今まで在った彼の者の心は失われたか、彷徨っているのか。
それを知る者は誰もいない。
ただただ幼い子供の笑みが、虚構の器を彩るだけ。
リクエスト内容(意訳)
「精神退行未来救」
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