仕事が終わって息を吐き、さあ帰るかと思った矢先。
ノックもなしに開かれた扉、そこに佇む救世主。
「にこにこ」よりも「にまにま」に近い、満面の笑みが寄せられる。
距離を取る隙も与えられず、腕を取られそのまま引かれ、夜の街へと連れ出された。










―綿菓子幻想―










はぐれないよう袖を握られ、半歩先を歩く背中。
夜闇に沈む鴇色の頭はきょろきょろと忙しなく動いている。
立ち並ぶ露天と行き交う人とに、その両の目は釘付けで。

「すっごい人だねぇ」
「……夏祭りだからな」

手を引かれながら見上げた先には丸い灯りが並んでいた。
通り沿いに光を振り撒く色とりどりの吊り灯籠。
くん、と不意に腕を引かれ、抗議の意を込め相手を呼ぶ。

「おい、救世主!」

急にぴたりと足を止めたものだから、先行く背中にぶつかった。
謝罪をしようか文句が先かと迷う間もなく「違うでしょ」と。
困ったような笑みが近付き、くすりと小さな笑い声。
俺の言葉を封じるように、人差し指を唇へ。





「今日はこっそり来てるんだからさ、」

救世主じゃなくて、名前で呼んでよ。
言ってこちらを仰ぐ眸に、いたずらっぽい色が浮かんだ。
菓子でも強請る子供のような、甘く柔なその声音。

「……月白」
「なぁに? 銀朱」

嬉しそうにくすくす笑い、どうしたの? と首を傾げる。
吊り灯籠の仄かな明かりを鴇色の髪がやんわり弾いた。
袖を掴んだ手を取り繋いで、目を丸くした相手に問う。





「それで、何をどう見て回る?」
「えっとね、端から端まで全部! ……だめ?」

急に声から勢いが消え、上目にこちらの様子を窺う。
繋いだ手指を握り返され、知らず知らずに心臓が跳ねた。
期待に満ちた一対の目から視線を逸らして溜息ひとつ。

「……好きにしろ。ただし、手を離すんじゃないぞ」
「繋いでていいの?」
「迷子になられる方が厄介だ」

迷子になんてならないよ、と僅かに頬を膨らませ、早く早くと腕を引く。
普段よりずっと幼く見える、その行動に笑みが零れた。





あれもこれもと買い込んで、両手いっぱいの駄菓子を抱えて。
その中のひとつを差し出され、空いた手を伸ばすと首を振られた。
言わんとしていることを汲み、躊躇った末に口を開く。
儚い食感と広がる甘味に眉間に皺寄せ相手を見た。

「……甘い、な」
「綿菓子だからね」

言って自分も齧り付く。
口端についた白い飴菓子をぺろりと舌で舐め取った。
思わず視線を逸らし俯き、内心で天を仰ぎ見る。
こちらの思いなど微塵も知らずに、どうしたの? と首を傾げて。

何でもないと必死で誤魔化し、次はどこだと手を引いた。
不思議そうな顔をしつつも、相手は「ふふ」と楽しげに笑う。
頬の赤さを自覚しながら、気付かれないよう天に祈った。










リクエスト内容(意訳)
「お忍びで城下の夏祭りに参加する銀救」

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