鬱陶しくて仕方がなかった。
何を考えているのか解らない上に子供のように遊んでばかり。
へらりへらりと笑いながら上っ面だけの言葉を吐く。
それでいて肝心なことは何ひとつ口にせず、笑顔の下に隠しているのだ。
何もかも全部抱え込んで、平気な顔で過ごしている。
危なっかしくて目が離せなかった。
─かなしき恋唄─
のっしりと背に掛かる重み。
時折耳元に零されるのは和毛をくすぐる笑い声。
くすくすと軽く密やかなそれに、じとりと睨みをくれてやる。
「仕事の邪魔だ。早く退け」
「えー。だって暇なんだもん」
机に仕事の山を築いて手も付けずにいる輩がどの口で暇だとのたまうのか。
こうしている間にも書類は増え、山は標高を増すばかり。
そろそろ仕事に戻れと促せば、渋々といった表情を見せる。
するりと離れる腕の感触と、背から遠ざかる体温と。
それらを何故か離れがたく感じ、理由が解らず首を捻った。
鬱陶しいと思っていたはず。それを名残惜しく思うとは。
これは一体何事だろう。
「タイチョーはさぁ」
「……なんだ」
「どうして俺に構ってくれんの?」
カリカリとペンを走らせながら、こちらを見もせずに投げられた問い。
書類を繰る手がぴたりと止まる。
無意識に入れた力のせいで書類に細かな皺が寄った。
何気ない振りを装いながら、相手の視線はどこか遠い。
その目に何を映しているのか、どこを、誰を見ているのか。
解らないから不安なのだと最近になってようやく気付いた。
「……おまえこそ、」
何故こうも俺に構うんだ?
同じように目線は投げず、止まっていた手を動かしながら。
紙面を引っ掻くペン先が止まり、ぽたりとインクが零れて落ちた。
「楽しいから、かな」
「……人を玩具に遊ぶな」
「オモチャになんかしてないよ、ただ」
と、またあの遠い目をする。
俺の方へと向けられた視線はどこを見ているのか解らない。
何を、誰を映しているのか。俺の身体を透かし見て。
「……ただ、何だ」
「んーと。タイチョーの反応が面白くて、つい」
へらりと浮かべられる笑み。
書類汚しちゃった、ごめんタイチョー、と反省の色の窺えない声。
繕う笑顔が痛々しく、努めて明るい声が哀しい。
その目に何を見ているのかと、問えぬ自分に腹が立った。
鬱陶しいと思っていた。
危なっかしくて気掛かりだった。
気付けば、目が離せなくなっていた。
好き、なのだ、と。
そう気付くまでに目にした表情。
その大半が笑顔であったというのに。
今にして思えば、どれもかなしい色をしていたのだ。
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