救世主様によく似た男が裏の世界で身売りをしている。
事の真偽を確かめようにも手掛かりひとつ掴めない。
そんな噂を耳にして、彼は顔をしかめてみせた。
あくまで噂だ気にするな、と気遣う言葉を投げてくれる。
気にしてないよ、大丈夫。
曖昧な笑みでそう返し、仮面の下ではほくそ笑んだ。
だってそれは本当のことだから。
―狂演―
最奥を突かれ身体が跳ねる。
絶頂を迎えて吐き出した熱が腹の上に点々と散った。
俺を組み敷く男が呻いて相手も果てたと朧に悟る。
荒れた呼吸を繰り返しながら男は飽きもせずにこう言った。
本当によく似ているな、と。
「もう聞き飽きたよ、その台詞」
にやりと口元に笑みを掃いて、ん、と小さな声を漏らす。
相手の動きに身を震わせて、いかにもそれらしく見えるように。
「あのオキレイな救世主様がこんなことする訳ないだろう?」
幾度となく口にしてきた常套句に、どれだけの男が騙されたことか。
よく言われるよ、似てるって。でもよく考えてもごらんな。
救世主様がこんなことをするかい?
しないだろう? する訳がない。
まあ重ねたいって言うんなら別に構わないけど。
そう嘯いてにこりと笑えば相手は簡単に手を伸ばす。
あとはただ、啼けばいい。
好きなように触れさせて、それらしく振る舞えばそれで済む。
簡単なことだ。本当に。
「何をしている!」
不意に荒々しく暴かれた納屋、陽光を背に佇む人影。
男は見る間に血相を変え、取る物も取らずに逃げ出した。
勿論、俺は置き去りだ。
「っ、きゅう、」
名を呼び切らないのは驚きのためか。
それとも信じたくないからか。
もうどちらでも構わないのだと薄い笑みを貼り付けてた。
「何を、している」
掠れた声、僅かに震えて。
奥歯を強く噛み締めているのか頬の辺りが強張って見えた。
一歩、また一歩と近付く足は、枷でも嵌められているかのように遅い。
見て解るでしょ? と嘲笑って返せば低い低い声がした。
「……服を着ろ」
「嫌だよ。暑いもん」
「服を着ろ!」
「嫌だって、っ」
手荒く肩を掴まれ引かれて、骨が軋む音を聞く。
節張った指と切り揃えられた爪とが皮膚に食い込み痛みを生んだ。
「何故こんなことを……!」
問い質す声は震えていた。
怒りなのか、軽蔑なのか、それとも別の何かなのか。
俺には解らないけれど。
「答えろ、救世主!」
相手を逆撫ですると知りつつ黙したままで薄く笑む。
間近に迫る蒼色の目が感情を映して眩いほどに。
それを眼前に迎えられることが、この上もない悦びだった。
アンタが俺に触れないから。
俺を抱こうとしないから、なんて。
そんなこと死んだって言うものか。
一覧
| 目録
| 戻