いったい何を見ているのだろう。
窓の外へと向けられている濃い青色の行方を思う。
毒々しいまでの夕陽を映し、その眩しさに細めた両の目。
半ば伏せた青の色は、悲哀に満ちた笑みに似ていた。










─緋色─










はらりと薄い花弁が散る。
机の隅に生けられた花から、ただ一枚だけ零れて落ちた。
綴る手を止め、伸ばした指先。触れた花弁は瑞々しいまま。
だのに零れた。もう戻らない。

「早いものだな」
「何がだ?」
「この、花だ」

手のひらに乗せ、すいと差し出す。
しっとりと冷たい花の欠片を。
傍らに立つ男の目が、ゆるりと一度瞬いた。
微かな笑みを口端に浮かべ、花だからな、と小さく言う。

「気に入っていたのか?」
「ああ。それなりにな」

美しいものは美しいのだ。それを愛でて何が悪い?

ぞんざいに返せば吐息で笑う。それもそうだ、と柔な声。
手の中の花弁と生けられた花とを、交互に見遣る青い双眸。
笑みの形に細められたそれが一抹の悲哀を滲ませた。





この花を生けたのは他ならぬ玄冬だ。
庭師に頼んで切って貰ったのだと、告げた声音を覚えている。
愛しい者へと囁くように、甘く優しげに鼓膜を掻いた。
花を見詰める表情は柔く、それこそ綻ぶ花のよう。

触れる手付きは慈しみに満ちて壊れ物を扱うかのようだった。
棘に指先が傷付こうとも苦言ひとつ零しもせずに。
淡い笑みを浮かべながら、きれいだろう、と、穏やかに。





「……おい」
「うん?」

風を通すために開け放した窓。
傍らの青は外へと向けられ、声を掛けると瞬いた。
滲み出た悲哀は鳴りを沈め、怪訝そうに首が傾げられる。

「……いや、なんでもない」
「そうか?」
「ああ」

頷きを返し顔を背けると、変な奴だ、と零された。
聞く耳持たずで黙すれば、再び青は窓の外。
晴れた空を映しているのか、階下に咲いた花を眺めているのか。
背を向けていては解らない。振り向くつもりは更々ない。
恐らく何も見てはいないのだ。ただ目を開いているだけで。





眩しくもないのに瞼を伏せて、口端は僅かに吊り上げられる。
微笑みを模した表情で、漂い纏うは一抹の寂しさ。
はらりと散った緋色を目にした、あの時浮かべた表情そのもの。










その両の目に滲んだ色は深く根付いて消えはしない。
なんて美しい悲色だろうか。











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