賑やかな声に顔を上げると桜の髪が掛けて来る。
俺の姿を捉えた緋色が、ぱっと笑顔に輝いた。
名前を呼ばれて頷くより先に、小さな身体が背中に隠れる。
どうしたのかと問いを投げたら、隠して、と密やかに頼まれた。










─羨望─










背中に隠れた花白の手が、きゅう、と服の裾を握る。
そんな幼い仕草を見るとずっと小さな子供のようだ。
気付かれないよう笑みを零し、慌ただしい足音に目を向けた。

ガツガツと靴音も高く歩み寄る、自分とよく似た花白の幼馴染。
こちらの姿を目に留めて、座っていた蒼がやや和らいだ。
が、苛立ちの色濃い口調を見るに、心中穏やかではないらしい。

「花白を見なかったか?」
「さあ、こちらには来なかったようですよ」

しゃあしゃあと紡いだ真っ赤な嘘。
相手の両目が丸くなる。
やや下を向くその目の先には僅かに覗く白い裾。
当人は気付いていないようで、俺の服を握る手に力が込められた。





じとりとした目に睨まれて、こちらは苦笑を浮かべるばかり。
見え透いた嘘を吐くことも、花白を裏切ることも出来ずに。

迷うかのように口を噤み、やがて深い溜息ひとつ。
仕方はないとでも言いたげな顔で、彼は肩を竦めてみせた。

「……、……そうか」

苦い色の濃い苦笑。零れた声には諦めが濃い。
さすがにそれでは申し訳なく、苦笑を返して問い掛けた。

「何か伝えておきましょうか?」
「……あとで執務室に来い、と。それだけ伝えてもらえるか?」
「はい。勿論」

頼んだぞとだけ言い残し、彼の人は歩みを再開した。
先程よりも穏やかな歩調で、ゆっくりゆっくり遠ざかる。
その背が見えなくなった頃、ようやく子供が顔を出した。





きょときょとと辺りを見回して、気配を探るように耳を欹てる。
足音も気配もないと確かめ、ほっと小さく息を吐いた。

「……行っちゃった?」
「ああ。あとで執務室に来るように、だそうだ」
「う、」

あからさまに顔を顰めて、ちら、と俺の顔を見る。
助けを求めて縋る目に、けれど真っ直ぐ見返した。

「ちゃんと、行くんだぞ?」
「……わかってる、よ」

ほんのりと頬を赤く染め、拗ねたように口を尖らせて。
彼のことが嫌いではないのだろうに、わざと怒らせるようなことをして。
それほどまでに構って欲しいのかと、そう考えたら微笑ましい。





「銀閃、」
「なんだ?」
「……あの、ありがとう、ね……?」

上向く艶やかな緋色の眸と、おずおず紡がれたその言葉。
跳ねた心臓を押し隠し、柔らかな髪を掻き回す。
くすぐったさに閉じられた目に安堵すると同時、ふつりと湧いた一抹の寂しさ。

抱いた想いに蓋をして、悟られないよう装って。
彼とこの子の関係性を羨む自分から目を背けた。
こうして慕ってくれているのに何が不満だと言うのだろう。
吐き出した息は存外に重く、自嘲の笑みに顔を歪めた。






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