呼び鈴ではなく扉を叩かれ、カタンと席を立ち玄関へ向かう。
少し待てと投げた言葉に返ってくるのは沈黙ばかり。
それを気にせず開けた扉、半歩離れて佇む人影。
俯いた顔を真っ赤に染めた、幼馴染を招き入れた。
─拠所─
お邪魔しますと律儀に言ったきり、花白はだんまりを決め込んだ。
勝手知ったるなんとやら、案内するまでもなく定位置へ。
炬燵にもそもそと手足を突っ込み、ぶすくれた顔を隠しもしない。
その鼻先にマグを置くと、驚いたのか瞬いて。
鼻腔を擽る甘い匂いに誘われるように手を伸ばす。
「甘さはどうだ?」
「……ちょうどいい」
「そうか」
ふくふくと湯気の立つマグを両手に、小さく返った幼い声。
舐めるようにちびちびと、口を付ける様に息を吐く。
ココアなんて甘ったるいものを好んで飲む者はこの家にいない。
だのに常備されるようになってしまったのは、時折やってくる幼馴染のためだ。
砂糖を入れたコーヒーよりも、ココアの方が舌に合うらしい。
無駄に長い付き合いの中で好みの甘さまで把握してしまった。
「今日は泊まって行くのか?」
「……まだ決めてない」
「そうか。泊まるなら家に連絡を入れろよ」
「わかってるよ」
どうかしたのか、何かあったのか、そう問うた所で答えない。
話したければ話すだろうから、こちらから訊くことは滅多になかった。
いくら話せと言ったとしても、相手は口を割らないのだ。
頑固なところは相変わらずだと遠い昔に思いを馳せる。
歳の離れた友人と喧嘩をしたのか、はたまた兄と言い合いになったか。
そのどちらかだろうとアタリを付けて、あとはそれきり放っておく。
落ち着いたら勝手に帰るだろうし、そうでなければ泊まっていくのだ。
それが常のことだった。いつの間にか、そうなっていた。
そろそろ夕飯の仕度をするかと立ち上がりかけて動きを止めた。
服の裾を掴む手が、それ以上の距離を拒んだから。
「花白?」
「……今日は、帰る」
俯いた顔、見えぬ表情。ぽそぽそと紡がれる小さな声。
そうか、とありふれた言葉を返し、柔い桜の髪を撫ぜる。
ぽんぽんと幼子をあやすかのように、それがいい、と呟きながら。
「ひとりで帰れるな?」
「あたりまえだろ。大丈夫」
子供扱いが不満なのだろう、むっとした表情で突っ撥ねられた。
空のマグをぐいと押し付け、じゃあねとつれない言葉を残して。
玄関口まで見送ろうとすれば、そんなのいいと押し返される。
「ココア、ありがと」
「ああ」
「……じゃあ、行くね」
仄かに赤くなった頬と、合わせた途端に逸らされた視線。
扉が閉まる寸前に、またね、と小さな声を拾う。
ぱたぱたと小走りの足音を聞きながら、人知れず密やかな笑みを零した。
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