べしゃりと潰れた馬の上で子供は不満げに頬を膨らませた。
早く立てと言わんばかりに襟や後ろ髪をぐいと引く。
痛いと零すも聞いてはもらえず、子供の機嫌は悪くなるばかり。
顔を真っ赤にしているだろうなと溜息を吐いて銀朱は思った。










―騎馬―










ぴょんこぴょんこと子供が跳ねると、その都度不気味な声がした。
それは蛙が潰れるような、あまり長く聞いていたくない部類の音。
ぐえ、と肺から空気を吐き出し、半ば涙目で首を捻る。
幼さの残る蒼い目が背中で暴れる子供を睨んだ。

「っ、な、しろ! 跳ね、るな……っ!」

背中で子供が跳ねる度、吐き出す言葉が寸断される。
それでも意味は通じるらしく、花白は一層頬を膨らせ嫌だ嫌だと駄々をこねた。
もっと、と強請る小さな子供を銀朱はぴしゃりと叱り付ける。

「駄目だ! っ散々、遊んだ、だろっ」
「やだ! もっとなの!」

小さな手指が髪を掴み、ぎゅうぎゅうと強く後ろへ引く。
どれだけ痛いと訴えたとて子供は駄々を捏ねるばかり。
泣き喚く花白に痺れを切らし、握った拳に力を込める。
ぐっと背筋を伸ばすようにして、半ば無理矢理上体を起こした。





「駄目だと、言って……!」

叱り付けようと睨んだ先で、子供の身体がぐらりと傾ぐ。
掴んでいたはずの銀朱の髪は小さな手から離れていた。
伸ばした腕の甲斐もなく、背中から落ち頭を打つ。
ゴン、と鈍い音がして、銀朱の顔色が見る間に変わった。

「っ花白!」

慌てて跳ね起き表情を見て、大丈夫かと問いを投げる。
驚き呆けた幼い顔が、くしゃりと歪み、涙を零した。
声をあげて泣き出した花白を膝の上に抱き上げる。
大丈夫だと声をかけつつ小さな背中をぽんぽん撫でた。

桜色の髪をそうっと探り、銀朱はほっと息を吐く。
血は出ていないしコブもない。
痛みを訴えることもない。
落ちた時の驚きのために花白は泣いているらしかった。





ひくひくとしゃくりあげる子供を胸に、まだ痛いかと小さく問う。
ふるりと首が横に振られて銀朱は心底安堵した。
ぐず、と小さく鼻を鳴らして、泣き濡れた目が上を向く。
くしゃくしゃになった髪を撫でると、ぽふ、と胸に顔を埋めた。

「今度は、ちゃんとした馬に乗ろうな」
「……」
「なんだ花白、怖いのか?」
「こわくないっ!」

ぷうっと膨れた柔らかな頬と、きっとこちらと睨む目と。
銀朱と一緒じゃなきゃ嫌だ、と小さく小さく零れた声。
あやすように身を揺らしながら、そうだな、と言葉を返す。





本物の馬を前にして涙目になった子供がいたけれど。
それはまた別の話。










リクエスト内容(意訳)
「地べたに這い蹲る銀朱」

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