定時になっても姿を見せない幼馴染の部屋へと向かう。
その目的はただひとつ。
寝こけているであろう花白を叩き起こすことだけだ。
扉を叩くと小さな応答、名乗れば入るなと制される。
聞く耳持たずで取っ手を握り、一応の断りの後、開け放つ。
つかつかと寝台へ歩み寄り、相手の被った毛布を引き剥がす。
観念しろと告げるつもりが、目の前の光景に絶句した。
─毛足の長い白─
戸惑いに揺れる赤い目が、ちらちらとこちらの様子を窺う。
その目の動きに合わせるように、三角の耳も小刻みに動いた。
柔らかな白い毛で覆われた、見るからに人のそれではない、耳。
桜色の髪の隙を縫い、ちょこんと頭に生えていた。
「で、昨日の夜まではなかったんだな」
「うん」
「今朝目が覚めたら生えていた、と」
「……うん」
徐々に顔が下を向き、頷く声も小さくなる。
不安を誤魔化すかのように尻尾を手元に引き寄せた。
尻尾も耳と揃いの白で柔らかな毛で覆われている。
ぺったりと伏せた耳を目に留め、興味本位でそっと触れた。
途端にびくりと肩を跳ねさせ、目を見開いて俺を睨む。
「っ急に触るなよ……!」
「あ、ああ、すまん」
ぴるぴると忙しなく耳を動かし、射殺さんばかりの視線を向けた。
頬は仄かに上気して、赤い目には薄く涙が浮いている。
痛かったのか、くすぐったいのか。
どちらにしろ触れられて良い気はしないらしい。
「とにかく、白梟殿に伺うしかないだろうな」
「……、……うん」
「大丈夫か?」
「……だいじょうぶに、見える?」
拗ねたような目で、上目遣いに俺を睨む。
耳はぺたりと伏せられて、尻尾も心なしか下がり気味だ。
見るからに大丈夫ではなさそうな様子に、桜の髪を撫ぜてやる。
なるべく耳に触れないよう、ぽんぽんと軽く叩くように。
嫌がる素振りは見せなかったが、ふるりと小さく耳が震えた。
「様子を見るより他にないでしょうね」
ゆるりと首を左右に振って預言師殿はそう言った。
翡翠の双眸を僅かに細め、あまり悲観しないように、とも。
がっくりと肩を落とした花白を慰めながら、視線を緩やかにこちらへ向ける。
射竦められるような目に、無意識のうちに背筋が伸びた。
「銀朱隊長」
「は、」
「解決策が見付かるまで、この子を宜しくお願いします」
なるべく人の目に触れないように。
騒ぎになっては困りますから。
そう言って視線を花白に戻し、大丈夫ですよと柔らかな声。
慰めるような穏やかな口調と安堵へ誘う柔な微笑み。
ぺったりと伏せた花白の耳が少しだけ持ち直したのを見、内心で胸を撫で下ろした。
「それで、花白」
「あ、はい」
ほんの僅かに頬を染め、翡翠の視線が宙を彷徨う。
たっぷりとした袖から覗く白い手指が忙しない。
細い指を組んでは解き、もじもじと落ち着きなく動かして。
白梟? と呼ばわる声音に、意を決したかのように顔を上げる。
仄かに色付く唇から、蚊の鳴くような声が紡がれた。
「その……もう少しだけ、触ってもよろしいでしょうか……?」
「花白、」
「……なんだよ」
自室へ戻り閉じ籠る子供の名を呼ばわれば覇気のない声。
すっかり落ち込んでしまったらしく、耳はぺたりと伏せられていた。
「その、耳に触れられると痛かったりはしないのか?」
「別に痛くはないけど。なんでそんなこと訊くのさ」
「いや、白梟殿に触れられた時は驚いた風ではなかったからな」
俺が触れた時とは大違いだったと、暗に含めた言葉を投げる。
しょげていた耳がピンと立ち、けれどもすぐに伏せられて。
俯いた顔、視線は床に。
「……あれは別に、平気だった、けど……」
ひとしきり撫でられた耳に手を遣り、はあ、と深い溜息を吐く。
服の裾から覗く尻尾が神経質にパタパタと揺れた。
ぐず、と小さく鼻を鳴らし、膝を抱えて顔を埋める。
細い肩が、伏せられた耳が、嗚咽を堪えて震えていた。
「まあ、その、なんだ」
「……なんだよ」
咄嗟に宥めようと声を投げ、涙ぐむ目に息を飲む。
何と言ったら良いだろうかと、掛ける言葉を必死で探した。
気を落とすな、だの、大丈夫だ、だの、気休めにもならない台詞が浮かぶ。
焦る思考、空回る想い。結果として弾き出された一言は、
「似合わなくは、ない、ぞ……?」
零れんばかりに見開かれた目と微かに戦慄く唇と。
失態に気付き身構えるより先に、赤い視線に射抜かれた。
「っ嬉しくない!」
叫ぶが早いか手を振り上げられ、頬に一発平手を食らった。
乾いた音、広がる痺れ。
ついでのように投げられた枕は意図せず顔面で受け止めた。
すっかり臍を曲げてしまった後姿を見て思う。
爪は人のままで良かったな、と。
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