一線を越えたのはいつだったかと乱れる意識の隅で思う。
甘く走る快楽を受け、髪に絡めた手指が跳ねた。
下肢に埋まった小さな頭が釣られるようにひくりと震える。
こちらを窺う赤い目には高過ぎる熱が宿っていた。










―奏で紡ぐ御名―










髪を梳くはずの手が強張り、上下する桜色を押さえ込む。
やや前のめりに身を傾けて、漏れそうな声を必死に殺した。

「ん……っ、ふ……」

苦しげな声が鼓膜を打つ。
鼻に掛かった甘い吐息に背筋がぞくりと粟立った。
小さな唇が中心を咥え、息継ぎの度に舌先が覗く。
唾液と精とが糸引く様はこれ以上なく熱を煽った。

「っ花、白……!」

限界近く、低く名を呼び、桜の髪を緩く引いた。
外へ出そうと思っていたのだが、相手は受け止める気でいたらしい。
手の中へ放とうとした俺の動きと、離れようとしない花白の動きと。

どちらの意思も通じることなく、吐き出されたその白濁は相手の顔に点々と散った。
驚いたように見開かれた目が、真っ直ぐ俺に向けられる。
その頬を、額を、髪を汚すのは、紛れもなく俺の放った欲で。
慌てて頬のそれを拭えば睨むように目を細めた。





「っすまん花白、そんなつもりじゃ、」

なかったんだと続けようとし、思わず言葉を飲み込んだ。
細く白い腕が伸ばされ、俺の手首をやんわり握る。
指の先と俺の顔とを交互に見遣り、ふ、と小さく息を零した。

うごくなよ、と吐息の声。
何をとこちらが問う間もなく、濡れた指を口に含んだ。
そろりと這わされる熱い舌と、時折立てられる歯の刺激。
吸われ、食まれ、舐められて、指先が甘く痺れるよう。

「……は……」

苦しげに息を継ぎ、唇を離す。
つ、と引かれた唾液の糸がふつりと途切れて消えていった。

濡れた手指を軽く引かれ、奥へ奥へと導かれる。
ひたりと押し当てられたのは、未だ触れてはいない場所で。
強請るような目を向けられて、そっと指を埋め込んだ。





「は、あ……ゃ……っ」

ほんの少し動かすだけでも過敏に震え、声を漏らす。
縋り付く手は汗で滑り、腕が首へと回された。
耳元近くに零される声と、苦しげな呼吸が鼓膜に沁みる。

二本三本と指を増やし、緩く内部を掻き回す。
過敏な箇所を掠める度に細い身体が切なげに震えた。

「っあ……も、いい……っ」

そっと手首を握る手が動きを制し指を引き抜く。
びくびくと肩を震わせながら、今度は中心に手が添えられた。
充分に解れた後孔に宛がい、そのまま緩やかに腰を落とす。

徐々に飲まれる感覚に、悟られぬよう息を零した。
花白は切なげに身を震わせて、浅い呼吸を繰り返す。
止めどなく溢れる涙の滴が頬から顎へと伝って落ちた。





「……っひ……ぁ……!」

軽く下から突き上げると、目を見開いて悲鳴を上げる。
仰け反るように白い喉を晒し、甘い声で啼きながら。
揺さぶり、打ち付け、突き上げて。
その度に大粒の涙が零れる。

俺が絶頂を迎えると同時、花白も精を吐き出した。
くたりと弛緩する身体を抱き止め、大丈夫か、と声を掛ける。
こくりと頷く気配を受け、湿気た髪を指で梳いた。

こちらを仰ぐ赤い目には未だに涙の膜がある。
瞬く度に零れて落ちて、ぱたぱたと軽い音をたてた。
それを指で拭ってやるとくすぐったそうに首を竦める。





甘く掠れた吐息の声で、ぎんしゅ、と小さく名を呼ばれた。
熱の残った赤い目は、とろりと甘く蕩けたままで。
細い身体を掻き抱いて、その耳元で名を呼んだ。

鼓膜を擽る相手の声と情事の余韻に浸りながら。











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