寝台に眠る子供の傍ら、起こさぬようにと膝を突く。
痩せこけた頬は夜目にも白く、這わせた指には冷たさが。
頬を撫ぜ、髪を梳き、細い手指をやんわり握る。
夢から覚めない子供の手が、俺の指を握り返した。










―真白き鳩が飛び立つ日まで―










長い睫が小さく震え、ゆるゆると瞼が押し開けられる。
睡魔の名残を色濃く浮かべ、緩慢な動作で瞬いた。
薄く開いた唇からは、どうしたの、と小さな声。

「すまん、起こしたな」
「……へいき」

寝ぼけた声、重たげな瞼。
細められた赤い目は怒っているようにも微笑っているようにも見える。
握り締めた俺の指をゆっくり引き寄せ頬にあてた。

先程よりも温かく、仄かな紅に染まる肌。
指先でそっと頬を撫ぜると擽ったそうに首を竦めた。





「明日からしばらく留守にする」

だから大人しくしていろよ。
短く告げれば目を見開いて、頭を僅かに浮かせてみせる。
細い眉をきゅっと寄せ、赤い眸を陰らせた。

「……また、視察……?」
「ああ」
「今度は長いの?」
「十日前後で帰れるはずだ」

問いに答え、言葉を連ね、その度に曇る子供の表情。
仄かな熱を宿した手指が徐々に徐々に冷えてゆく。
子供の心境を映すかのように、血の気を失い、白く、白く。

「……そう」

ぽつりと零された小さな声。枕に沈む桜色。
興味をなくしたかのように、ふい、と視線を明後日へ。
眠るのだろうと立ち上がりかけ、漏らされた声に動きを止めた。





「帰って、来るよね……?」

小さく零れる震えた声と、強く握られたままの指。
それきり口を噤んだけれど、続く言葉を聞いた気がした。
おまえは僕をひとりにしないよね……? と。

「あたりまえだろう」

疑いの色濃い泣きそうな目に、ぎこちない笑みで、大丈夫だ、と。
桜色の髪を梳き、肩から落ちた毛布を被せる。
そうして、小指を差し出した。

おずおずと伸ばされた相手の小指。
緩く絡め、ゆらり揺らした。
子供のように唄を口ずさみ、結んだ小指をするりと解く。
ほら約束だと告げてやれば、子供はフンと鼻を鳴らした。





「……馬鹿じゃないの」
「煩い。もう寝ろ」

瞼をそっと閉ざすように、手にひらで相手の目元を覆う。
邪魔だ除けろと噛み付く声が、ほんの僅かに震えていた。
手のひらに感じる濡れた感触と、ひくりと震える細い喉には気付かぬ振りをただ通す。

この温かさを、この愛しさを、俺は最後まで守れるだろうか。
命を投げ出したあいつのように、何にも代えても、守れるだろうか。
二本しかないこの腕の、片一方で構わない。
花白のためだけに、伸ばしてやることが出来たなら。





答は恐らく否やだろうと、薄々悟っているのだけれど。
それでも、あいつを守りたかった。
あいつさえ守れれば良いと、そう思ってしまうのだ。
それ以外の腕は要らないとすら、思ってしまったのだ。











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