気が付いた時には時既に遅く、小さな体を見失う。
慌てて駆け寄り覗き込んだ斜面、遥か下方に流れる川。
その少し手前に花白はいた。
茂みに半ば埋もれながら、傷付いた足から血を流して。
膝から下を染める赤に、ざあっと血の気が引くのを感じた。










─救済の手を─










驚いたように瞠られた目が、見る見る内に涙に歪む。
ぽろぽろと零れる水滴と猫の子みたいな小さな泣き声。
慌てて斜面を駆け下りて、しゃくりあげる子供に手を伸ばした。

縋り付いてくる小さな手。
胸に顔を押し付けて泣きじゃくる。
あの時、花白から目を離さなければ。
ちゃんと手を繋いでいたなら、こんなことにはならなかったのに。

「花白、」

泣いて泣いて、泣き過ぎて、苦しげに咳き込む子供の背中をポンポンと軽く撫でてやる。
足の傷を洗い流して、ハンカチをきゅっと巻き付けた。
痛かったんだろう、泣き濡れた顔を歪ませて、口をへの字に曲げている。





「……戻ろう」

落ち着きを取り戻した花白を背負い、ゆっくりと斜面をよじ登る。
背中にしがみついている子供を落とさないよう気を付けながら。
登り切り、ほっと息を吐く。
草木で手足を浅く切っていたけど構ってなんかいられない。

「大丈夫か?」

背負った子供に向かって問う。
首を捻って窺おうにも花白の様子はちっとも見えない。
ただぐずぐずと鼻を鳴らして、いたい、と小さな声で言った。





ぎゅう、と髪を引っ張られる。
小さな手のどこにそんな力があるのかと思うくらいに強く。
痛みに悲鳴をあげそうになり、けれどもぐっと飲み込んだ。

「大丈夫、大丈夫だから。だから、泣くな」

何度も何度も大丈夫だと繰り返して、あやすように背中を揺らす。
引っ張られた髪は痛いけど、花白の方がもっと痛いから。
だから、俺がしっかりしなくちゃいけない。

「……ごめんな」

聞こえていたのかどうかは解らないけど、ぺし、と背中を叩かれる。
ぎんしゅ、と小さく名を呼ばれ、幼い声音に安堵した。










歩けなくなったらどうしよう。死んでしまったら、どうしよう。
ぐるぐると渦を巻いていた、引きずり込まれそうな不安と後悔。
花白に名を呼ばれるだけで、そっと掬い上げられる気がした。











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