花白を厩舎へ連れて行った。
今年生まれた子馬がいるから、見せてやろうと思ってのことだ。
覚束ない足取りの子供の手を引いて朝靄に霞む厩舎へ入る。
と、ぴたりと花白の足が止まった。
初めて入る場所だから、きっと緊張しているのだろう。
握り締めた手はそのままに、俺の背中に隠れてしまった。
─いとおしいかたまり─
繋いだ手からするりと逃げて、俺の服の裾を掴む。
ついて来るのを確かめながら中へ中へと歩を進めた。
子馬の前まで連れて来て、ちょっと待ってろと手を解く。
ほんの二三歩離れただけなのに、慌てて追い掛けて来る小さな足音。
とたとたと近付いてくる花白が勢い余って俺の足にぶつかった。
抱えた飼葉を落とさぬように、身体を捻って足元を見る。
「ぎんしゅ、ぎんしゅ」
「なんだ? 花白」
きゅう、と服の裾を握って、不安げな目で見上げてきた。
飼葉を抱えた腕を掴まれ強請るように揺すられる。
「こー」
「こ?」
「だっこー」
抱っこ、か。
舌足らずな言葉、幼い物言い。
抱き上げてやりたいのは山々だが、と腕の飼葉に目を落とす。
「もう少しだけ待ってろ。すぐ終わるから」
「や! だっこ!」
「今は駄目だ」
ぴしゃりと強く嗜めれば、むう、と頬を膨らませた。
薄く涙さえ滲ませて、だっこ、と尚も訴える。
意地でも泣くまいとしているのか、口をへの字に曲げていた。
「……少し手伝ってくれるか?」
「え?」
「終わったら抱っこだ」
ほら、と飼葉を一掴み持たせ、厩舎の奥へと足を進める。
恐る恐るついて来る足音、裾を握った小さな手のひら。
子馬のいる場所へ辿り着くと飼葉を桶へと移し変える。
やっと空いた両腕で、花白をひょいと抱き上げた。
「見えるか?」
「……うん」
「可愛いだろう?」
「……」
とことこと近付いて来た子馬の前に、そっと花白を近付ける。
怖いと思っているのだろうか。すっかり腰が引けていた。
きゅう、と首にしがみ付いてしまっている。
「撫でてみるか?」
「え」
「大丈夫だ、大人しいから」
しがみ付く手をそっと剥がして、子馬の鼻先へ運んでやる。
ずっと握った一掴みの飼葉に子馬がぱくりと食い付いた。
もくもくと食むその鼻先が花白の手のひらに触れる。
おっかなびっくり撫ぜる手付きに、子馬は大きな目を細めた。
「……あったかい」
「だろう?」
「うん」
柵の隙から首を伸ばして子馬が子供の髪を食む。
驚いたのか、くすぐったいのか、首を竦めて花白は笑った。
擦り寄ってくる子馬の首を、何度か軽く叩いてやる。
「おまえがもう少し大きくなったら乗せてやるからな」
「ほんとに?」
「ああ」
懐いたらしい子馬の頭をきゅうっと抱いて花白が笑う。
転げ落ちそうな身体を支え、つられたように小さく笑んだ。
厩舎に踏み入ることすら怖がっていた癖に、帰りたくないと駄々を捏ねて。
また連れて来ると約束をして、ようやくこくりと頷いた。
抱っこを強請る二本の腕を首に縋らせ抱き上げる。
柔らかな桜色の髪からは、子馬の食んでいた干草の匂いがした。
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