兄弟のようだと思っていた。
不器用ながらに世話焼きの兄と、甘え下手で生意気な弟。
そんな関係が微笑ましく、同時に酷く羨ましい。
俺に兄弟はいないから。だから羨ましく感じるのだ。
そう理由付けて誤魔化すことなど、今となっては遅過ぎる。
―最愛の友へ―
見た目は似ても似つかないが互いを一番に理解している。
花白と銀朱の間にはそう思わせる何かがあった。
絆、とでも呼ぶ何かがあるのだ。
この目には決して見えないものが。
俺には結べない強い関係が二人を確かに繋いでいる。
それに気付いたのはいつだっただろう。
定かではない記憶を辿り、視線を上向けた時だった。
「あ、玄冬!」
高い声で名を呼ばれ、思考を一時中断させる。
抱えた書類を幼馴染に押し付け、駆けて来る花白が目に入った。
その背後には倍になった紙束を抱え、憮然とした顔の銀朱がいる。
大きな溜息をひとつ吐き、花白の後を追うように。
「随分な量だな」
腕に抱えた書類の山を見、軽く目を瞠りながら言う。
今にも崩れそうな紙束を、弾みをつけて持ち直しながら彼はフンと鼻を鳴らした。
「ああ。こいつがサボってくれたからな」
じとりと花白を睨む視線。鮮やかな空色に滲んだ感情。
目に見えて解るものではないが、手に取るように感じ取れる。
同じ想いを、抱いているからだろう。
違うのはそれが一方向のものか否か、それだけだ。
「またサボったのか?」
「サボってなんか、ないよ?」
「嘘を吐け、嘘を」
「煩いな! おまえは黙ってろよっ」
噛み付くように言葉を投げる花白の肩を軽く叩いた。
途端に口を噤み振り向いて、どこか不満げな顔をする。
膨れた頬と尖る唇。拗ねた色の濃い赤い眸。
それを微笑ましく思いながら柔らかな髪をくしゃりと撫ぜた。
花白は初めて出来た友人で、弟のような存在だ。
それ以上でも、それ以下でもない。
抱えた想いは高望みだと自らにきつく言い聞かせる。
友人、弟。
この二つ以外の選択肢など。
「玄冬、どうしたの? 難しい顔して」
「何かあったのか?」
「……いや。相変わらず仲が良いな」
途端に「どこが!」と声が重なる。
互いに顔を見合わせて、ばつが悪そうにふいと背けた。
それすら二人同時のことで、浮き上がる感情を笑みへと変える。
二人の友人でいられれば良い。それ以上は望まない。
やっとの思いで手にした平穏を自らの手で壊そうなどと。
そんなこと、思えるわけがないのだから。
どうか壊れてしまわぬように。
この平穏を保てるように。
ただそれだけを望みながら、湧き出る感情を握り潰した。
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