庭の片隅にしゃがみこむ小さな背中に声掛けた。
何をしていると問うただけなのに、きつい色の目で睨まれる。
人差し指を口元へ運び、声なく静かにと告げられた。

鳥か何かいるのだろうか。

足音を殺し近付いて肩越しに覗いた視線の先。
ふっくらと丸い塊がひとつ、柔な風に吹かれて揺れた。










―花風船―










花だった。正確に言うなら花になる手前の蕾だった。
すらりと伸びた細い茎と、青く瑞々しい葉を持つ花。
その傍らに腰を下ろし、花白は膝を抱えている。
瞬きすらも惜しんでいるのか、食い入るように花を見ていた。

「なるんだって」
「……何?」

不意の言葉に問いを返せば、だから、と僅かに苛立った様子で。
座り込んだまま動かずに、唇だけを震わせた。

「ぽんって、鳴るんだって。咲くときに」

丸く膨らんだ蕾を示し、抑えた声でそう告げる。
目線は花から外さずに、じっとその時を待ち構えているようだった。
確かに蕾は空気を孕み、弾けんばかりに膨れている。
しかし、本当に鳴るのだろうか。





「誰に聞いた?」
「文官。と、おっきいの。あと黒鷹」
「……そうか」

約一名を除いては胡散臭いことこの上ない。
真偽の程を確かめようと、花開く時を待っているのだろう。
言葉を遣り取りする間も、決してその目を離さない。

「咲きそうなのか?」
「……わかんない」
「その色付いたものは、そろそろなんじゃないか?」
「僕もそう思う」

だから、待ってるんだ。
小さく青いままの蕾と、膨らみ、淡く色を変えたもの。
ひときわ大きな丸いそれに、花白の目は釘付けだった。





苦笑混じりに息を吐き、その場にすとんと腰を下ろす。
驚いたように振り返る目が、しばらく振りに俺を映した。

「なに、してんだよ」
「気になっただけだ」
「花が?」
「ああ。……悪いか?」
「……別に」

好きにしたら、と言葉を投げて、再び花へと視線を戻す。
抱えた膝に顎を乗せ、半ば伏せた目はどこか眠たげな色をしていた。





どれだけ時間が経っただろうか。
不意に肩へと掛かった重みと、密やかに繰り返される呼吸。
そっと横目で窺うと、両目を伏せて眠っている。

「……仕方のない奴だな」

小声で呟きその身を支え、起こさないよう抱き上げた。
と、踏み出し掛けた足を止め、背を向けた花へ向き直る。
呼ばれたような、気がしたのだ。
そんなはずはないと解っているけれど。

「……まさかな」

眠りに就いた子供を抱え、見下ろす先には咲き誇る花。
青みを帯びた淡い紫が、凛とその場に佇んでいた。











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