階下の庭園を眺める翡翠が、ある一点で動きを止めた。
白を基調に仕立てられた衣服と艶やかに輝く鴇色の髪。
戯れに花に触れる手は、ひらりひらりと蝶のよう。

ほう、と小さく溜息を吐く。
上方からの視線に気付いたのか、紅い眸が天を仰いだ。
ぶつかり合った翡翠と紅玉、にっこり笑むのは階下の赤で。

微笑み返せば手が振られ、鳥は一層深く笑んだ。
それはそれは幸せそうに、仄かに頬を染めながら。










―サングローズ―










髪とベールをやんわり揺らす柔らかな風に目を細める。
コツ、と微かな足音を耳に、はっと小さく息を飲んだ。
驚いた様子の片翼に、ふ、と浮かべた柔な笑み。
こくりと首を傾げてみせて、私は静かに問いを投げた。

「何を見ているんだい?」

仄かに色付く唇が震え、言葉を選ぶように引き結ばれる。
白く細い指が祈るように何度も組まれた。
揺らぐ翡翠の視線が泳ぎ、ほろりと微かな言葉が落ちる。

「……庭の、花を。とても綺麗に咲いたものですから」

僅かな間の後、紡がれた答え。
スイと目を細め、嘘が下手な片翼に笑む。
誤魔化された振りで外を見遣り、咲き誇る花を視界に映した。
そこにいるはずの子供の姿はどこへ行ったのか見当たらない。

「ああ、本当だ。見事だね」

風が吹く度に揺れる花々。散らされる花弁も鮮やかに。
肩越しちらりと見遣った片翼は、視線を僅かに下へと向ける。
姿を隠した愛し子供を、その両の目で探すかのように。





トントンと扉を叩く音がし、二羽の意識はそちらへ向いた。
涼やかな声が客人を促し、現れたのは春色の子供。
キョトンと紅い目を丸くして、次いで眉を下げ微笑ってみせた。

「邪魔しちゃった?」
「いいや。庭の花が綺麗だと二人で話していただけだからね」

そうだろう? と同意を求め、頷きを受けてまた微笑む。
ならいいけど、と子供は零し、背中の扉をぱたんと閉めた。

「手を、」

涼やかに鳴る鈴のような声。
片翼の視線が注がれるのは救世主の背に隠れた片腕。

「手を、どうかしたのですか?」

案じる色を滲ませた声、不安げに揺れる一対の翡翠。
背中に腕を隠したままで、子供はスス、と距離を詰めた。
にっこり笑いながら差し出したのは薄桃色の薔薇一輪。

「あんまり綺麗に咲いてたから切って貰ったんだ」

さっき俺のこと、見てたでしょう?
だから、あなたにあげようと思って。

差し出されたそれを受け取りながら、小さな声音で礼を紡ぐ。
仄かに染まった柔らかな頬は、宛ら恋する乙女のようで。
気付かれぬように苦笑を浮かべ、妬けるじゃないかと胸中で吐く。





白い手指で花を抱いたまま、白梟は顔を上げた。
それはそれは幸せそうな、とても柔らかな笑みを浮かべて。
棘が柔肌を掻く痛みすら今は届いていないらしい。

「お礼にお茶を淹れましょうか」
「うん、ありがと。黒鷹サンも飲むでしょう?」

向けられた視線と投げられた言葉。
驚き瞠られる翡翠に見惚れ、刺し貫くよな鋭さに息を飲む。
ああ、まったく。この人は。

「……いや、残念だけれど私は遠慮するよ」

実は緑の戦争真っ只中でね、そろそろ様子を見に行こうかと。

軽く肩を竦めてみせて、次にまた誘ってくれたまえ、と続ける。
ふいと逸らされた翡翠の視線に、ほっと胸を撫で下ろしながら。





えー残念、と救世主は零し、私の袖をちょいと摘まんだ。
下から見上げる目線を受けて、何だい? と首を傾げて問う。

「花白とヒヨコが行ってるから、熊サンの機嫌も直ってるんじゃない?」
「……だと良いんだがね……ああ、そうだ。白梟」
「なんでしょう?」

はたと両目を見開いて、焦りを押し隠して私を見た。
その手に握られた美しい花を見、口端を上げ、目を細める。
南海で採れる珊瑚を削り、形作ったような美しい花。

「綺麗な花だね。あなたに、とても良く似合ってる」

告げると翡翠が何度も瞬き、見る間に頬を赤く染める。
やや俯いて視線を泳がせ、薔薇の茎を折らんばかりに握り締めた。
棘が手指に食い込むことに気付く余裕もないらしい。

「……ありがとう、ございます……」

震えるような鈴の声。
俯いた顔は見えないけれど、僅かに覗いた耳が赤い。
いけないんだーと揶揄する声が鼓膜をやんわり引っ掻いた。





笑みを浮かべて窓へと歩み、では、と一言、翼を広げる。
ぐるりと一度旋回し、窓の中をちらりと見遣って。

いけないんだ、というその一言は、そっくりそのままお返ししよう。
片翼が頬を染めた理由は、救世主のためであることに他ならないのだから。
私と言う者がありながら、なんて言ったら問答無用で刃物が飛んでくるのだろうな。

自嘲気味に笑みを浮かべ、遥かな我が家へ進路を取った。
まったく、妬けてしまうじゃないか。










リクエスト内容(意訳)
「未来ちゃん大好き白梟様」

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